第12話「がられた」
朝。
宿の前には、昨日作った簡易かまどが残っていた。
積み上げた石。 炭。 そして寸胴。
まだ新しい煤の匂いが残っている。
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宿主は腕を組み、不機嫌そうにそれを見ていた。
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宿主:
> “Mh…”
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源太:
> 「まだ怒っとるねぇ」
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ロジャー:
> “Obviously.” (そりゃな)
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昨日、宿の前へ勝手にかまどを作ったのだ。
怒られて当然だった。
だが。
追い出されてはいない。
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屋台の客は増えていた。
宿で酒を飲む客も増えた。
宿主も、それは理解しているらしかった。
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宿主:
> “Niente incendi.” (火事だけは起こすなよ)
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ロジャー:
> “He says don’t burn the inn down.” (宿を燃やすなって)
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源太:
> 「大丈夫たい」
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ロジャー:
> “…I have a bad feeling.” (嫌な予感しかしない)
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源太は寸胴を見つめる。
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源太:
> 「今日は骨ば探しに行くばい」
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ロジャー:
> “Bones?” (骨?)
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源太:
> 「豚骨たい」 「世界一うまかスープ作るけん」
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ジェームス:
> “…You keep saying that.” (ずっとそれ言ってるな)
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市場へ向かう。
朝の市場は既に騒がしかった。
野菜。
魚。
肉。
香辛料。
様々な匂いが混ざり合っている。
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ロジャーは慣れた様子で人混みを進んでいく。
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源太:
> 「今日はノーマネーでよかけん、手伝っちゃらん?」
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ロジャー:
> “…No money again?” (また無一文か?)
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源太:
> 「ノーノー」 「トゥデイのイートはノーマネーでよかけんってことたい」
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ロジャーは数秒黙る。
それから吹き出した。
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ロジャー:
> “You really sound like a tavern owner.” (ほんと飲み屋の親父みたいだな)
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源太:
> 「ストールのオーナーやけんね」
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ロジャー:
> “…That sounds worse.” (余計変だぞ)
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市場の奥へ進む。
空気が変わった。
血。
獣臭。
鉄の匂い。
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源太:
> 「あー……」
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屠畜場だった。
吊るされた肉。 解体途中の獣。 そして壁際には、大量の骨。
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源太の目が輝く。
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源太:
> 「あった!」
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ロジャーが店主へ声を掛ける。
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店主:
> “Che vuoi con quelle ossa?” (その骨で何する気だ?)
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源太:
> 「お、なんか聞かれとる」
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ロジャー:
> “He’s asking why you want bones.” (なんで骨が欲しいのか聞いてる)
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源太:
> 「スープたい」
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ロジャー:
> “…Dice che vuole farne una zuppa.” (スープを作るらしい)
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店主:
> “…Zuppa?” (……スープ?)
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店主は骨を見る。
源太を見る。
もう一度骨を見る。
完全に意味が分からない顔だった。
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源太:
> 「出汁ば取るったい」
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ロジャー:
> “He says the flavor comes from the bones.” (骨から旨味を取るらしい)
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数秒後。
店主は大声で笑い出した。
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店主:
> “Ahahah! Pazzo!” (ははは!変なやつだ!)
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どうやら、この世界では骨はほとんど捨てるものらしかった。
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結果。
大量の骨を、かなり安く譲ってもらえた。
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源太:
> 「たまがったねぇ……」
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ロジャー:
> “You’re happy over trash.” (ゴミで喜ぶやつ初めて見たぞ)
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夕方。
宿の前。
かまどへ火が入る。
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ボゥッ!!
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寸胴へ骨と水が放り込まれる。
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グツ……
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源太:
> 「始まるばい……」
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時間が経つ。
炭を足す。
火を強める。
また炭を足す。
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グツグツグツ……
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やがて。
独特の臭いが漂い始めた。
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ジェームス:
> “…Strong.” (強烈だな)
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ロジャー:
> “It smells like wet beasts.” (濡れた獣みたいな臭いだ)
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源太:
> 「豚骨は最初臭かと」
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さらに数時間後。
宿の扉が勢いよく開いた。
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宿主:
> “BASTA!!”
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源太:
> 「お、来た」
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宿主:
> “NON QUI!!” (ここでやるな!!)
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ロジャー:
> “…He says the smell is spreading through the inn.” (臭いが宿中に広がっとるって)
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源太:
> 「そら怒るたい」
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宿主は鼻を押さえながら怒鳴り続ける。
客室まで臭いが届いているらしかった。
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だが。
屋台を追い出す気はないようだった。
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宿主:
> “La bancarella resta.” (屋台は残せ)
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ロジャー:
> “The stall can stay.” (屋台は残していいって)
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宿主:
> “La zuppa altrove!!” (スープは別の場所でやれ!!)
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源太:
> 「豚骨だけ追放された」
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ロジャーが吹き出す。
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ロジャー:
> “I know a place.” (場所なら知ってる)
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市場外れの空き地だった。
壊れた荷車。
石壁。
人気も少ない。
火を使うにはちょうど良かった。
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夜。
再び、かまどが組み直される。
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マルコ:
> “Ancora.” (またか)
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源太:
> 「今日二回目たい」
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ボゥッ!!
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炭火が夜を照らす。
寸胴が煮える。
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グツグツグツ……
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ロジャーは欠伸をする。
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ロジャー:
> “I’m going back.” (俺は戻るぞ)
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ジェームス:
> “Don’t stay up too late.” (あまり遅くなるな)
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源太:
> 「もうちょい炊きたかと」
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マルコも帰っていく。
やがて。
空き地には源太一人だけになった。
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グツグツ……
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夜風が吹く。
炭が赤く熾る。
白い湯気が闇へ溶けていく。
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源太:
> 「これたい……」
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寸胴を覗き込む。
骨から、少しずつ旨味が溶け出している。
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源太:
> 「たまらんねぇ……」
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福岡でも。
屋台ではここまで長時間炊けなかった。
ガス代。 近隣。 営業時間。
色々制約があった。
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源太:
> 「屋台じゃ出来んかったけんね……」
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その時だった。
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ぴちゃ……
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小さな音。
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源太が顔を上げる。
石壁の影。
そこに、半透明の何かがいた。
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ぷる……
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丸い。
透明。
ゆっくり揺れている。
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源太:
> 「……スライム?」
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その瞬間。
スライムが寸胴へ飛び跳ねた。
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源太:
> 「あっ、鍋!」
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反射的に、足元の豚骨を掴む。
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ブンッ!!
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ゴッ!!
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スライムが石壁へ叩きつけられた。
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ぴぎゃっ!!
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静かな夜に、変な声だけが響いた。
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源太:
> 「食べ物ば守らんとね……」




