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第9章 新たな旅立ち

カイトは、その場で固まっていた。


――合格した。


試験は終わった。


山頂を吹き抜ける風が、静かに草を揺らす。


レンは笑っている。


くるみは、すでにケーキへ飛びついていた。


校長でさえ満足そうな表情を浮かべている。


その時――


「私は失礼する。」


全員がヒエンの方を向いた。


学院最強の教師は、遠くの山並みを見つめる。


「新入生たちの訓練計画を立てなければならない。」


レンがにやりと笑う。


「おいおい、もう少しゆっくりしていけよ。」


「断る。」


ヒエンは踵を返した。


「仕事がある。」


レンは大げさにため息をつく。


「相変わらずつまらない奴だな。」


ヒエンは返事もせず、そのまま歩き去っていった。


校長はカイトを見る。


「君。」


カイトは背筋を伸ばした。


「は、はい!」


「私の部屋へ来なさい。」


そしてレンへ視線を向ける。


「能力を使って連れて来い。」


沈黙。


挿絵(By みてみん)


校長が瞬きをする。


レンの姿はもうなかった。


その場で、ゆっくりとゲートだけが閉じていく。


校長のこめかみがぴくりと動いた。


「……いつか本当に、あいつを殺してやる。」


数分後――


校長室の中央にゲートが開いた。


「うわあああっ!」


最初に飛び出したのはカイトだった。


その次の瞬間――


どさっ!


くるみがその上へ落ちる。


さらに、


レンまで二人の上へ着地した。


「どいてくださいっ!!」


カイトが叫ぶ。


レンは何事もなかったように立ち上がる。


「生きてるな。」


「僕を着地点にしないでください!」


くるみは二人など完全に無視していた。


まだケーキを食べている。


レンは笑いながら言った。


「さて。」


カイトを指差す。


「今日から正式に俺のクラスだ。」


カイトは目を瞬かせた。


「本当に?」


「もちろん。」


その時、


校長室の扉が開く。


校長がゆっくり入ってきた。


どこか疲れ切った顔をしている。


まるで山から全力疾走して戻ってきたかのようだった。


椅子へ深く腰掛ける。


そしてカイトを指差す。


「レンの言う通りだ。」


「君は今日から、第十二組の生徒となる。」


カイトは真剣な表情で頷いた。


校長は両手を組む。


「この学院の一員となった以上――」


「我々の世界について知ってもらう必要がある。」


空気が一変する。


カイトは自然と姿勢を正した。


校長は真っ直ぐ彼を見る。


「我々は《アクマ(アクマ)》と戦っている。」


カイトは頷いた。


「それなら知っています。」


校長は少し驚く。


「知っている?」


「くるみから聞きました。」


校長は眉をひそめた。


「くるみ?」


ゆっくりと視線がレンへ向く。


レンは両手を上げた。


「はいはい。」


「隠蔽を解除するよ。」


パンッ。


レンが一度手を叩く。


次の瞬間――


くるみの姿が現れた。


校長とくるみが見つめ合う。


沈黙。


そして――


ガタンッ!!


校長は椅子ごと後ろへ倒れた。


「校長!?」


カイトが慌てる。


校長はゆっくり立ち上がる。


視線はくるみから離れない。


「……興味深い。」


「実に興味深い。」


レンは腕を組み、自慢げに笑った。


「だから言っただろ?」


「こいつは特別だって。」


校長は眼鏡を押し上げる。


「長年生きてきたが……」


「こんな存在は初めて見た。」


しかし当のくるみは、


そんなことなど気にも留めず、


ケーキをもぐもぐ食べ続けていた。


校長は軽く咳払いをする。


「話を戻そう。」


カイトは再び真剣な表情になる。


「すべての人間は《糸》を持っている。」


「糸は生命であり、感情であり、力の源でもある。」


部屋が静まり返る。


「人は強い負の感情を抱くと――」


「恐怖。」


「憎しみ。」


「絶望。」


「悲しみ。」


「そうした感情が糸となって外へ漏れ出す。」


カイトは黙って聞いていた。


校長は続ける。


「その負の糸が大量に集まることで――」


「《アクマ》が生まれる。」


カイトの表情が引き締まる。


「アクマは糸を喰らう。」


「自然の糸。」


「動物の糸。」


「そして何より――」


「人間の糸だ。」


部屋は静寂に包まれた。


カイトの脳裏に、


森で出会ったあの怪物が浮かぶ。


紫色の瞳。


圧倒的な殺気。


校長はさらに説明を続けた。


「アクマには階級が存在する。」


「強ければ強いほど危険度は高い。」


「そして生徒たちは、その階級に応じた任務へ派遣される。」


カイトはゆっくり頷いた。


「……本当に、ヒーローみたいなんですね。」


校長は微笑む。


「その通りだ。」


「そしてこの学院で――」


「君は、その戦い方を学ぶことになる。」


数分後――


講義はようやく終わった。


校長は椅子にもたれかかる。


「今日はここまでだ。」


「残りはレンが教える。」


レンはすぐに立ち上がった。


「じゃ、行こうか。」


校長はため息をつく。


「……別れの挨拶くらいしないのか?」


「しません。」


パッ。


ゲートが開く。


レンはカイトの腕をつかんだ。


「行くぞ。」


「ちょっ――」


シュンッ。


二人の姿は消えた。


空はすでに夕焼け色へ染まり始めていた。


学院全体が温かなオレンジ色の光に包まれている。


カイトはゲートから転がるように飛び出した。


「もうっ、先生!」


レンは楽しそうに笑う。


その直後――


レンの足元に新しいゲートが開いた。


「じゃあ、家でな。」


「え?」


レンはそのまま消えてしまった。


静寂。


カイトは何もない空間を見つめる。


「…………」


「先生の家ってどこなんだーーーっ!!」


叫び声が学院中に響いた。


くるみがふわりと隣へ浮かぶ。


「お腹すいた。」


カイトはすぐに指をさす。


「僕もだよ!」


くるみは真面目な顔でうなずく。


「私たちは飢えている。」


カイトは深くため息をついた。


学院を見回す。


「……先生の家、知ってる?」


くるみは首を横に振る。


「知らない。」


「……終わった。」


それから約三十分。


二人は学院中を歩き回った。


歩けば歩くほど、


カイトの体力は削られていく。


くるみはもっと悲惨だった。


地面から数センチ浮かぶのがやっとだ。


「……ごはん……」


「……食べ物……」


カイトもお腹を押さえる。


「同じ気分だよ……。」


そしてようやく――


見覚えのある建物を見つけた。


レンの家だ。


「着いたぁ……」


カイトは涙ぐみそうになる。


くるみも今にも倒れそうだった。


しかし――


玄関を見て二人は固まる。


鍵がかかっていた。


沈黙。


カイトが扉を見る。


くるみも見る。


そして、


ゆっくりと顔を見合わせた。


「…………」


「…………」


「先生、大っ嫌い。」


「レン、嫌い。」


その頃――


島の反対側。


ヒエンの背後にゲートが開いた。


ヒエンはすでに自宅へ戻っていた。


島の端に建つ静かな日本家屋。


彼は夕焼けを眺めている。


そこへ、


レンが姿を現した。


ヒエンは驚きもしない。


「来たか。」


レンは笑う。


「もちろん。」


ヒエンは腕を組んだ。


「用件は?」


レンは後頭部をかく。


「礼を言いに来た。」


ヒエンが眉を上げる。


「何のことだ?」


レンは意味深に笑う。


「分かってるだろ。」


静かな風が吹く。


レンは続けた。


「自分で頬を傷つけただろ。」


ヒエンの表情は変わらない。


「何の話か分からない。」


レンは笑った。


「はいはい。」


ヒエンは空を見上げる。


「……あの少年のためじゃない。」


レンが尋ねる。


「じゃあ、どうして?」


ヒエンは目を逸らした。


「教師が一人減るのは面倒だからだ。」


レンは吹き出す。


「相変わらず素直じゃないな。」


ほんの一瞬だけ、


ヒエンの口元がわずかに緩んだ。


だが、


すぐに元へ戻る。


レンは再びゲートを開く。


去ろうとした、その時――


ヒエンが静かに言った。


「……カイトには何かある。」


レンの笑みが深くなる。


「ああ。」


「俺もそう思う。」


そう言い残し、


レンはゲートの向こうへ消えた。


レンの家の前。


ゲートが開く。


レンが姿を現した。


そして――


固まる。


玄関の前には、


半分死んだような顔のカイト。


その隣には、


完全にうつ伏せで倒れているくるみ。


二人はゆっくりとレンを見る。


レンは片手を上げた。


「やあ。」


カイトのこめかみに青筋が浮かぶ。


「どこ行ってたんですかぁぁぁぁ!!」


「仕事。」


「家の場所くらい教えてください!」


レンは数秒黙る。


「……確かに。」


次の瞬間。


カイトはその場へ倒れ込んだ。


くるみも一緒に倒れる。


レンはため息をつく。


「大げさだな。」


しばらくして――


食卓いっぱいに料理が並んでいた。


ご飯。


味噌汁。


野菜料理。


パン。


デザート。


豪華な食事だった。


しかし――


料理は恐ろしい速さで消えていく。


カイトも。


くるみも。


まるで怪物のように食べ続けた。


レンは黙って見守る。


空になった食卓を見る。


二人を見る。


もう一度、


空の皿を見る。


「…………」


「…………」


「……怖くなってきた。」


二人は返事をしない。


食べることに夢中だった。


夕食を終え、


カイトは椅子にもたれた。


今日初めて、


心から落ち着けた気がした。


レンが立ち上がる。


「今日はもう寝ろ。」


カイトが目を瞬かせる。


「もうですか?」


レンは頷く。


「明日は出発だからな。」


「どこへ?」


「本土。」


カイトは身を乗り出した。


「どうして?」


レンは笑う。


「新しい生徒を迎えに行く。」


カイトの目が輝く。


「僕みたいな人が、まだいるんですか?」


「もちろん。」


カイトは嬉しそうに笑った。


立ち上がり、


軽く頭を下げる。


「おやすみなさい、先生。」


レンも優しく笑う。


「おやすみ。」


その夜――


カイトは部屋の窓辺に立っていた。


遠くには学院の明かり。


夜空には無数の星。


しばらくの間、


何も言わずに見上げていた。


そして、


静かに微笑む。


小さいけれど、


心からの笑顔だった。


「母さん……」


囁くような声。


「やっと……」


「ヒーローになるための一歩を踏み出せたよ。」


夜風がカーテンを優しく揺らす。


カイトは星空を見つめる。


その瞳には、


揺るがない決意が宿っていた。


「必ず……」


「ヒーローになってみせる。」


どこまでも広がる夜空の向こうで――


新たな旅が、


静かに彼を待っていた。

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