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第10章 本土へ

朝日がカイトの顔を照らしていた。


全身びしょ濡れのカイトは、砂浜をとぼとぼと歩いている。


前を歩くのはレン。


その隣には久留実。


久留実は目を輝かせながら海を見つめていた。


朝日に照らされた波がきらきらと輝いている。


まるで初めて見る景色のように、夢中になって眺めていた。


レンが振り返る。


「なんでゾンビみたいな歩き方してるんだ?」


カイトのこめかみに青筋が浮かぶ。


「あなたたち二人が、俺を殺そうとしてるからですよ。」


「ん?」


レンは本気で首をかしげた。


カイトは深くため息をつく。


……説明するだけ無駄だ。


数時間前――


真夜中。


いつの間にか久留実がカイトのベッドに潜り込んでいた。


まだ眠っているまま、


彼女はカイトの髪を掴む。


「ん〜……」


「もっとケーキ……」


カイトは飛び起きた。


「なんで俺の髪食べてるんだぁぁ!?」


久留実はもぐもぐと噛み続ける。


「ケーキ……」


「これはケーキじゃない!」


必死の攻防の末、


カイトはなんとか自分の髪を守り抜いた。


ようやく悪夢は終わった――


そう思った。


だが、違った。


数分後。


カイトは床に転がっていた。


久留実に寝返りで蹴り落とされたのだ。


「……レン……逃がさない……」


寝言を呟きながら、


久留実は気持ちよさそうに眠っている。


カイトは天井を見つめた。


「……俺、そのうち死ぬ。」


結局、


そのまま床で眠るしかなかった。


そして今朝。


目を覚ました瞬間――


足元にポータルが開いた。


「ちょっ――」


バシャーン!!


そのまま川へ真っ逆さま。


しばらく歩いたあと、


レンが立ち止まる。


「着いたぞ。」


カイトは周囲を見回した。


どこまでも続く砂浜。


朝日に輝く青い海。


それ以外、


何もない。


「……どこが?」


レンは水平線を指差した。


カイトも視線を向ける。


遥か沖――


巨大な船がゆっくりと海を進んでいた。


カイトは目を見開く。


「あれが……移動手段?」


「そう。」


カイトは瞬きをする。


「ポータルで行くんじゃないんですか?」


レンは肩をすくめた。


「糸を無駄遣いしたくないし。」


「たまには船旅もいいだろ?」


カイトはじっとレンを見る。


「今まで聞いた理由の中で一番ひどいです。」


「ありがとう。」


その頃――


久留実はもう海辺で魚を追いかけ回していた。


「待てー。」


魚は当然逃げる。


久留実は海に向かって宣戦布告した。


レンが指を鳴らす。


パチン。


ポータルが開いた。


「行くぞ。」


カイトは頷き、


レンと一緒に中へ入る。


ポータルが閉じる。


静寂。


そして――


再びポータルが開いた。


久留実だけ、


砂浜に取り残されていた。


「……」


「……」


カイトは慌てて飛び出し、


久留実を片腕で抱え上げる。


そのままもう一度ポータルへ飛び込んだ。


今度こそ、


ポータルは静かに閉じた。


数分後――


カイトは巨大な船の甲板に立っていた。


目を丸くする。


「でかっ……」


レンはどこか誇らしげに頷く。


「だろ?」


見渡す限り、


青い海。


心地よい潮風が甲板を吹き抜ける。


ほんの一瞬、


穏やかな時間が流れた。


そして――


平和は終わる。


久留実が食べ物を見つけた。


昼食を運んでいた乗組員が、


突然立ち止まる。


サンドイッチが――


宙に浮いていた。


「……?」


乗組員は目をぱちくりさせる。


サンドイッチはそのまま、


ふわふわと空中を移動していく。


「……」


次の瞬間、


乗組員は絶叫した。


「うわあああああっ!!」


久留実は盗んだサンドイッチを嬉しそうに頬張る。


普通の人間には彼女の姿は見えない。


だから周囲から見れば――


幽霊が食べ物を盗んでいるようにしか見えなかった。


数分後。


乗組員の半分は、


この船に幽霊が出ると信じ始めた。


残り半分は、


なぜかカイトを犯人だと思い込んでいた。


「いたぞ!」


「あいつだ!」


「食べ物泥棒!」


カイトは自分を指差す。


「なんで俺ぇぇ!?」


「捕まえろ!」


カイトは全力で走り出す。


「先生ぇぇぇ!!」


怒った乗組員たちが、


一斉に追いかけてくる。


レンは船の縁に立ったまま、


のんびり振り返った。


「先生!」


「ああ。」


「飛べ。」


カイトは固まる。


「……は?」


「飛べ。」


乗組員たちはどんどん迫ってくる。


カイトは海を見る。


レンを見る。


もう一度海を見る。


「絶対ダメな作戦ですよね、これ。」


「俺を信じろ。」


「信じられるかぁぁぁ!!」


怒った乗組員たちが、ついに三人のもとへ辿り着く。


カイトは完全にパニック状態だった。


そして――


飛んだ。


「うわあああああああぁぁぁ!!」


久留実も一緒に飛び降りる。


レンはまるで散歩でもするかのように後から続いた。


三人の身体は海へ向かって落下する。


どんどん近づく海面。


さらに近づく。


そして――


激突寸前。


パッ。


空中にポータルが開いた。


三人はその中へ吸い込まれる。


次の瞬間。


カイトはポータルから吹き飛び――


巨大なゴミ箱の中へ突っ込んだ。


ドサァァン!!


バナナの皮やら紙くずやらが盛大に舞い上がる。


「なんでぇぇぇ!?」


久留実は綺麗に着地した。


レンも完璧な着地。


服にはシワひとつない。


カイトはゴミの山から這い出る。


こめかみがぴくぴく震えた。


「俺……ポータル嫌いです……」


レンは満足そうに頷く。


「よし。」


「まだまだこれからだぞ。」


なんとかゴミ箱から脱出したカイト。


しかし、


すぐに異変に気づく。


鼻をひくつかせる。


袖の匂いを嗅ぐ。


そして――


顔が真っ青になった。


「うっ……」


「俺、ゴミの匂いがする……」


久留実は静かに後ずさる。


鼻を押さえながら言った。


「近寄らないで。」


「臭い。」


カイトは絶句した。


「お前も同じゴミ箱に入っただろ!?」


久留実は胸を張る。


「私は優雅に着地した。」


「関係ないだろ!!」


レンは腹を抱えて笑っていた。


「ゴミに好かれてるんじゃないか?」


数分後。


三人はようやくゴミ置き場から脱出した。


巨大な貨物コンテナが並び、


港では船が行き来している。


作業員たちは忙しそうに荷物を運んでいた。


カイトは辺りを見回す。


「ここ、どこなんですか?」


レンは笑った。


「長崎港。」


遠くの海を指差す。


「端島から約十二キロ。」


「へぇ……」


カイトは頷き、


そして固まった。


「待って。」


「新しい生徒ってここにいるんですか?」


レンは首を横に振る。


「いや。」


「じゃあなんでここに来たんですか?」


「本土で一番近い場所にポータルを開いただけ。」


カイトは無言になった。


「……なんで?」


「なんとなく。」


カイトは泣きたくなった。


「で、結局どこへ行くんです?」


レンは東を指差した。


「東京。」


静寂。


カイトは固まる。


「……どれくらい遠いんですか?」


「約千キロ。」


「……」


「……」


「……はぁぁぁぁぁぁ!?」


近くの作業員たちが振り返った。


カイトは気にしない。


「いつ着くんですか!?」


レンは少し考える。


「歩けば……」


指を折って数え始めた。


「二百時間くらい。」


カイトは膝から崩れ落ちそうになった。


「二百時間ぁぁぁ!?」


レンは平然と頷く。


「でもポータルなら一秒。」


カイトは全力で指差した。


「じゃあポータル使ってくださいよ!」


レンは腕を組む。


「嫌だ。」


「なんで!?」


「遊びたいから。」


カイトは空を見上げた。


「母さん……」


「助けて……」


久留実が手を挙げる。


「私も遊びたい。」


レンは即座に頷いた。


「ほら。」


「民主主義だ。」


カイトは叫ぶ。


「それ民主主義じゃねぇぇぇ!!」


もちろん、


誰も聞いていなかった。


それから数時間。


長崎港は混沌に包まれた。


久留実がアイスクリーム屋を発見。


五分後――


屋台が三つ壊れた。


レンに無理やり観覧車へ乗せられたカイト。


頂上付近で――


レンが突然ポータルを開いた。


カイトは本気で死を覚悟した。


久留実はカモメを追い回した。


カモメも反撃した。


勝者は不明。


気づけば噴水が爆発していた。


誰も理由は聞かなかった。


さらに別の場所では、


久留実がお菓子の箱を丸ごと盗んだ。


店主は最後まで犯人を見つけられなかった。


やがて夕日が沈み始める。


街はオレンジ色に染まり、


海は夕焼けを映していた。


三人は港の近くに腰を下ろす。


さすがのレンも少し疲れた顔をしていた。


カイトは空になった財布を見る。


「……二人のせいで俺の金、全部消えた……」


隣では久留実がお菓子を食べ続けている。


カイトは疲れ切った顔で言った。


「……もう帰りません?」


レンは夕日を眺めながら頷く。


「ああ。」


カイトは泣きそうになった。


数分後。


久留実はカイトの背中で眠っていた。


すぅ……すぅ……


小さな寝息が聞こえる。


カイトはため息をつき、


背負い直した。


「見た目より重いな……」


レンは笑う。


「十人分くらい食うからな。」


カイトは反論できなかった。


空はすっかり暗くなっていた。


レンは人気のない細い路地へ入る。


誰もいないことを確認し、


パチン。


指を鳴らした。


ポータルが開く。


「行くぞ。」


カイトは眠る久留実を背負ったまま中へ入った。


レンも続く。


そして、


ポータルは閉じた。


次の瞬間。


カイトはポータルから出る。


そして――


完全に固まった。


挿絵(By みてみん)


目の前には、


果てしなく続く光の海。


夜空を突き刺す超高層ビル群。


光の川のように流れる車の列。


巨大な電子広告が街を照らし、


何千人もの人々が行き交っている。


まるで街そのものが生きているようだった。


カイトは言葉を失う。


「……」


「……」


「……ここが東京?」


レンはニヤリと笑った。


「ああ。」


その瞬間――


カイトは初めて実感した。


この世界が、


どれほど広いのかを。

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