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第8章 最強の教師

カイトは見つめた。


もう一度見つめた。


そして、飛炎を指さした。


「……あんたなのか!?」


飛炎は無表情のままカイトを見返す。


カイトはゆっくりとレンへ振り向いた。


「どういうことですか?」


レンは頬をかきながら苦笑する。


「その反応で合ってる。」


そう言って飛炎を指差した。


「彼がこの学院最強の教師だ。」


「……は?」


カイトの口がぽかんと開く。


「えぇぇぇぇっ!?」


学園長は二人を見比べた。


「ほう?」


「もう顔見知りだったのか。」


「昨日、廊下で会いました。」


カイトはすぐに答える。


学園長は満足そうに頷いた。


「それは運が良かったな。」


「運が良かった?」


カイトは首を傾げる。


「もし事前に会っていなかったら……」


学園長は静かに言った。


「お前は本当に死んでいたかもしれん。」


「……え?」


カイトは凍りつく。


レンは笑っている。


飛炎は何も言わない。


学園長が手を叩いた。


パンッ。


「さて、ルールを説明しよう。」


カイトは真剣な表情になる。


学園長は人差し指を立てた。


「試験内容は単純だ。」


「制限時間は三十分。」


飛炎を指差す。


「その間に、一撃でも飛炎へ有効打を与えれば合格。」


カイトは瞬きをした。


「それだけですか?」


「それだけだ。」


思わず安堵の息を漏らす。


しかし次の瞬間――


「他にルールはない。」


笑顔が消えた。


「どんな技を使っても構わん。」


「どんな戦法でもいい。」


「能力も自由。」


そして飛炎へ視線を向ける。


「もちろん飛炎も同じ条件だ。」


カイトの背中を嫌な汗が流れた。


とても嫌な予感しかしない。


学園長は後ろへ下がる。


レンも試験場の端へ移動した。


「我々は立会人だ。」


レンが手を振る。


「頑張れ、カイト。」


「頑張るだけじゃ足りませんよ!」


誰も返事をしない。


学園長が静かに宣言する。


「始め。」


山頂に静寂が訪れた。


冷たい風が草原を吹き抜ける。


くるみが隣で浮かびながら笑う。


「なんだか楽しそう。」


カイトは飛炎から目を離さない。


「手伝ってくれたら……」


「ケーキを買ってやる。」


くるみが止まった。


「……ケーキ?」


カイトは頷く。


「最高に美味しいやつ。」


「ケーキって何?」


「後で教える!」


「まずは生き残らせてくれ!」


くるみは即座に頷いた。


「契約成立。」


紫色の糸が彼女の身体から溢れ出す。


腕。


脚。


肩。


全身へ絡みつき、


カイトの身体へ流れ込んだ。


力が一気に満ちていく。


遠くで学園長が目を細める。


「……面白い。」


レンは得意そうに笑った。


「言ったでしょう?」


「特別なんです。」


学園長は眉をひそめる。


「昨日までは何の力も感じなかった。」


レンは意味深に微笑んだ。


「だからこそです。」


その頃――


飛炎は微動だにしていなかった。


両手はポケットに入れたまま。


まるで散歩でもしているような余裕だった。


そして静かに口を開く。


「諦めろ。」


「……え?」


「今なら重傷にはしない。」


カイトは拳を握る。


「諦めるためにここへ来たんじゃない。」


飛炎の表情がほんの少しだけ動いた。


「名前は。」


「カイト。」


飛炎は一度だけ頷く。


「カイト。」


「怪我をしても……」


「恨むな。」


カイトは笑った。


「絶対に恨みません。」


次の瞬間――


カイトが地面を蹴る。


一気に飛び出した。


拳が飛炎へ一直線に突き出される。


速い。


だが――


飛炎はほんの少し身体をずらしただけだった。


拳は空を切る。


「なっ――」


反応するより早く、


飛炎の足が動いた。


ドゴォッ!!


鋭い蹴りがカイトの腹へ突き刺さる。


身体が八メートル近く宙へ浮く。


さらに着地する前に、


飛炎はその場で身体を回転させた。


竜巻のような回し蹴り。


ドガァァン!!


カイトは横へ吹き飛び、


大木へ激突した。


樹皮が砕け散る。


静寂。


飛炎はゆっくり足を下ろした。


まだ両手はポケットの中だ。


「まだ戦うか?」


カイトは咳き込む。


全身が悲鳴を上げていた。


それでも立ち上がる。


「……まだ時間があります。」


紫色の糸が再び身体を包む。


「俺は……」


「絶対に諦めません。」


遠くで学園長がわずかに笑う。


レンの笑みは最初から変わらなかった。


カイトは再び突進した。


拳。


拳。


蹴り。


連続攻撃。


すべて飛炎へ向かう。


だが――


一発も当たらない。


首を少し動かす。


一歩横へ。


身体を少し傾ける。


それだけ。


まるで未来が見えているようだった。


そして――


ドンッ!!


飛炎の蹴りが再びカイトの胸へ炸裂する。


カイトは数メートル吹き飛び、


地面を転がった。


土煙が舞い上がる。


飛炎は相変わらず、


手を一度も使っていなかった。


カイトは苦しそうに見上げる。


「……手すら使わないのか。」


飛炎は静かに答えた。


「弱すぎる。」


その一言は、


蹴りよりも深く胸へ突き刺さった。


「残り十分!」


校長の声が、山の広場に響き渡った。


カイトは息をのんだ。


――あと十分。


たった十分しかない。


ヒエンを見つめる。


(……力の差が、大きすぎる。)


その瞬間――


カイトは近くにあった一本の木へ駆け寄った。


腕に紫の糸が絡みつく。


筋肉が膨れ上がる。


「うおおおおっ!」


メリメリメリッ――!


木が根ごと地面から引き抜かれた。


挿絵(By みてみん)


校長が目を見開く。


「ほう……?」


カイトはその巨木を大きく振りかぶり――


全力で投げた。


轟ッ!!


巨大な木が一直線にヒエンへ飛ぶ。


だが――


ヒエンは動かない。


「……本気で、これが通用すると思ったのか?」


その瞬間。


ポケットから片手を抜き、


軽く拳を振る。


ドォン!!


拳が木に触れた瞬間、


巨木は粉々に砕け散った。


木片が嵐のように舞う。


しかし――


木の後ろにカイトはいなかった。


横だ。


木を囮にして、


死角から飛び込んでいた。


砕け散る木片の隙間を抜け、


拳が一直線にヒエンの顔へ迫る。


「だったら――!」


「頭を使って勝つ!!」


その瞬間。


ヒエンの口元が、


ほんの少しだけ緩んだ。


「……いい判断だ。」


次の瞬間――


空気が変わった。


ゴォォォォッ!!


灼熱の熱風が、


ヒエンの身体から一気に吹き荒れる。


「!?」


カイトの目が見開かれる。


圧力だけで吹き飛ばされた。


ドォォン!!


地面へ叩きつけられ、


大地に大きな亀裂が走る。


全身が痛い。


腕も。


脚も。


肋骨も。


何もかもが悲鳴を上げていた。


それでも――


カイトは立ち上がる。


「俺は……」


息を切らしながら、


震える拳を握る。


「絶対に……」


一歩。


また一歩。


「諦めない……!」


「絶対に……!」


ヒエンは静かに見つめていた。


その瞳には、


ほんのわずかだが――


敬意が宿っていた。


そして。


「――時間切れ!」


校長の声が山に響く。


静寂。


カイトの身体から力が抜ける。


その場に片膝をついた。


終わった。


試験は終わった。


負けた。


校長がゆっくり歩み寄る。


「さて。」


眼鏡を押し上げる。


「結果は明白だな。」


カイトはうつむいた。


夢。


学院。


すべて終わった。


校長はレンを見る。


「賭けは、お前の負けだ。」


そして、


カイトへ視線を向ける。


「お前は、一撃も当てられなかった。」


レンは、


それでも笑っていた。


その時。


ヒエンが静かに口を開く。


「……違います。」


場が静まり返る。


校長が目を瞬かせた。


「何?」


ヒエンは自分の頬を指差す。


そこには――


小さな傷。


本当にわずか。


気づかないほど小さい切り傷。


だが、


確かに存在していた。


校長の目が見開かれる。


「……当てたのか?」


カイトも固まる。


「……え?」


ヒエンは頷いた。


「最後の攻撃。」


「私が能力を解放する直前に、


彼の拳が頬へ触れていました。」


山全体が静まり返る。


校長は、


傷を見る。


ヒエンを見る。


そして、


カイトを見る。


「……面白い。」


ゆっくりと笑みが浮かんだ。


「よろしい。」


「合格だ。」


カイトの目が大きく開かれる。


「……え?」


「合格……?」


レンが勢いよくカイトの肩に腕を回した。


「合格だよ。」


カイトは呆然と立ち尽くす。


そして――


笑った。


笑って、


笑って、


あと少しで泣きそうになる。


その横で、


くるみがふわりと現れた。


「ケーキは?」


レンは指を鳴らす。


パチン。


空間に小さなゲートが開き、


丸ごとのホールケーキが落ちてきた。


レンは軽々と受け止める。


くるみの瞳が輝いた。


「これが……ケーキ……!」


次の瞬間。


一直線に飛びついた。


「いただきまーす!」


「こら、全部食べるな!」


レンは笑う。


カイトも笑う。


校長まで苦笑した。


少し離れた場所では、


ヒエンが静かにその光景を見つめていた。


ほんの一瞬だけ、


口元がわずかに緩む。


――その笑みは、


誰にも気づかれなかった。

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