第6章 隠された学園
カイトは言葉を失った。
高い壁と古い石造りの建物に囲まれた広大な訓練場。
そこでは何十人もの少年少女たちが訓練をしていた。
炎を操る者。
風を操る者。
水流を空中へ放つ者。
拳一つで石の的を粉砕する者。
カイトの目は大きく見開かれる。
本物の力を持つ人間を目の当たりにしたのは、生まれて初めてだった。
瞳がわずかに輝く。
「……すごい」
その時――
逆さまの顔が目の前に現れた。
「ばぁ」
「うわあああっ!?」
カイトは後ろへ転びそうになった。
クルミが宙に逆さまのまま浮かび、のんびりと笑っている。
「そういう登場の仕方やめろよ!」
クルミは完全に無視した。
訓練場へ視線を向ける。
「あ」
一人の生徒が的を吹き飛ばした。
「楽しそう」
カイトは額を押さえた。
「お前、人の話ほんと聞かないな……」
その時。
後ろから足音が聞こえた。
カイトは振り返る。
そこには、自分をここへ連れてきた男――九条レンがいた。
反射的に一歩下がる。
レンは穏やかに笑った。
「よう、カイト」
カイトはすぐに尋ねる。
「あなたは誰なんですか?」
「それに、ここはどこなんです?」
レンは数メートル手前で立ち止まった。
「まあ落ち着け」
「超能力者だらけの場所で目覚めて落ち着けるわけないだろ」
レンは小さく笑う。
「それもそうだな」
そう言って手を差し出した。
「俺は九条レン」
カイトは少し迷った後、その手を握る。
レンは続けた。
「ここは端島だ」
カイトが固まる。
「端島って……あの廃島の?」
レンは頷く。
「そしてここが――端島学園だ」
数秒間。
カイトは何も言えなかった。
誰もいないはずの廃島。
その内部には――
能力者たちが集まる学園が存在していた。
胸の鼓動が速くなる。
だが次の瞬間、表情を引き締めた。
「質問に答えてください」
レンが眉を上げる。
「どれだ?」
「どうして俺をここへ連れてきたんですか?」
拳を握る。
「俺の力を奪うためとかじゃないでしょうね」
レンは突然吹き出した。
「力?」
「お前にはまだそんなものないぞ」
カイトは即座にクルミを見る。
その時クルミはカイトの髪を食べていた。
「お腹すいた」
「俺の髪を食うな!」
レンはその様子を黙って見ていた。
そして微笑む。
「あの子がお前に力を貸してるんだろ?」
カイトの顔が険しくなる。
「どうしてそれを……?」
レンは静かに答えた。
「お前を連れてきた理由は二つある」
カイトは黙って聞く。
「一つ目」
「お前が異能を使えること」
カイトはゆっくり頷いた。
「そして二つ目」
レンはコートのポケットから一枚の古い写真を取り出した。
そしてカイトへ渡す。
何気なく写真を見る。
その瞬間――
身体が凍りついた。
写真には若い頃のレンが写っていた。
その隣にはレンの両親。
さらに――
カイトの父と母も写っていた。
世界が止まった気がした。
手が震える。
「こ、これ……」
「知り合いだったんだ」
カイトは写真を見つめる。
母が笑っていた。
父もそこにいた。
生きていた。
幸せそうだった。
もう失われたはずの世界。
「嘘だ……」
かすれた声が漏れる。
レンは首を振った。
カイトは写真から目を離せない。
十二年間。
答えを探し続けた。
十二年間。
何一つ見つからなかった。
なのに今――
過去へ繋がる手掛かりが目の前にある。
「どうして……?」
カイトは小さく呟いた。
レンは遠くの海を見る。
「全部は知らない」
「だが、俺たちの家族には繋がりがあった」
静寂が流れる。
やがてレンは笑った。
「それで?」
「この場所、どう思う?」
カイトは訓練場を見る。
能力者たち。
未知の世界。
ヒーローになれる可能性。
答えは一瞬だった。
「最高です」
レンは笑う。
「よかった」
「お前にこの学園へ入ってほしい」
カイトの目が見開かれた。
「本当に?」
「先生なんですか?」
「一応な」
カイトは再び写真を見る。
そしてレンへ視線を戻した。
「どうして俺を助けるんですか?」
その時。
初めてレンの笑顔が消えた。
真剣な表情。
「俺は十二年間、お前の両親を探していた」
カイトは息を呑む。
「そして、お前という息子がいると知った」
レンは真っ直ぐ目を見た。
「十一年間、お前を見守っていた」
カイトは言葉を失う。
「……どうして今なんですか?」
ようやく絞り出した。
レンは優しく微笑む。
「今のお前は」
「もうこちら側の世界へ足を踏み入れたからだ」
気付けば涙が頬を伝っていた。
次の瞬間。
カイトの拳が飛ぶ。
ドンッ。
レンが目を瞬く。
拳が震えていた。
「このバカ……」
声がかすれる。
「俺がどれだけ答えを探したと思ってるんだ……」
涙が溢れる。
そして――
カイトはレンに抱きついた。
レンは一瞬驚き、
それから静かに笑う。
優しく頭を撫でた。
その頃。
クルミはなぜか天井の照明によじ登っていた。
「何やってるんだ?」
カイトが聞く。
メキッ。
照明が壊れた。
カイトは見上げる。
クルミも見下ろす。
「……てへ」
「なんでお前はそうなんだよ!?」
数分後――
カイトはレンに案内されながら学園の校舎を歩いていた。
廊下では生徒たちが本を抱えて歩いている。
訓練用の武器を持つ者もいた。
中には見たこともない発光する道具を持っている者までいる。
まるで別世界だった。
カイトは辺りを見回しながら尋ねる。
「それで、どこへ向かってるんですか?」
レンは両手を頭の後ろで組んだ。
「学園長室だ」
カイトは瞬きをする。
「学園長がいるんですか?」
レンは笑った。
「当然だろ」
「いや、こういう秘密の学園って、古代の守護者とかが管理してるイメージだったんですけど」
レンは真顔で頷く。
「それは分かる」
カイトは思わず立ち止まった。
「納得するの早すぎません?」
その時――
角を曲がった先に、一人の男が立っていた。
カイトは足を止める。
二十歳前後だろうか。
短い黒髪。
鋭い目。
無表情に近い落ち着いた顔。
まるで彫像のように微動だにしない。
レンは嬉しそうに近寄り、その肩に腕を回した。
「よう、ヒエン!」
男はため息を吐く。
「腕をどけろ」
「嫌だ」
「どけろ」
「嫌だ」
カイトは黙って見ていた。
レンはカイトを指差す。
「こいつがカイトだ」
男は短く答える。
「天月飛炎だ」
その視線が一瞬だけカイトへ向けられる。
笑顔もない。
挨拶もない。
ただ観察するような目。
そして再びレンへ視線を戻した。
「また本土から子供を連れてきたのか」
レンはニヤリと笑う。
「今回は特別だ」
飛炎の表情は変わらない。
「お前は毎回そう言う」
「そして毎回何かが爆発する」
レンは不満そうな顔をした。
「四回しかないぞ」
「十分多い」
カイトは二人の会話を聞いていた。
飛炎が再びカイトを見る。
「能力は?」
レンは肩をすくめた。
「まだ調査中」
「素晴らしいな」
カイトはついに口を開く。
「それどういう意味ですか?」
二人とも答えない。
「いや、ちょっと待ってください」
「調査中って何ですか?」
沈黙。
カイトは自分を指差した。
「今、俺の話してますよね!?」
レンは笑った。
「安心しろ」
カイトは目を細める。
「なんで嫌な予感しかしないんですか?」
レンは顔を近付けた。
「サメの餌にするだけだ」
カイトは固まる。
「……は?」
その瞬間。
カイトの頭の上に座っていたクルミが叫んだ。
「サメ!?」
目がキラキラ輝く。
「見たい!」
カイトは全力でツッコんだ。
「なんでテンション上がってるんだよ!?」
クルミは腕を組む。
「サメはかっこいい」
「食べられるだろ!?」
「食べられる前に私が食べる」
カイトは無言になった。
レンを見る。
飛炎を見る。
クルミを見る。
そして呟いた。
「……俺の周り変人しかいない」
その時。
飛炎の口元に一瞬だけ笑みが浮かんだ。
本当に一瞬だけ。
次の瞬間には消えていた。
「サメの餌にはしない」
カイトは安堵する。
「よかった……」
するとレンが吹き出した。
「冗談だ」
「笑えません!」
飛炎は淡々と言った。
「記憶を消して本土へ送り返す案もあった」
カイトの表情が変わる。
帰る?
学校へ?
いじめっ子たちのいる日常へ?
そして、何も知らないまま生きるのか?
無理だ。
もう戻れない。
能力の存在を知った。
両親の手掛かりも見つけた。
ここで帰るなんてありえない。
カイトは飛炎を真っ直ぐ見た。
「帰りません」
「俺はヒーローになります」
飛炎は黙ってその瞳を見る。
カイトの目には確かな光があった。
数秒後。
飛炎はレンへ視線を向ける。
「任務に行ってくる」
そう言って歩き出した。
レンは大きく手を振る。
「いってらっしゃーい!」
飛炎は振り返らない。
そのまま去っていった。
再び歩き始める。
カイトは尋ねた。
「今の人、先生ですか? それとも生徒?」
レンは即答した。
「先生だ」
「先生!?」
カイトは驚いた。
そして――
二人の前に巨大な木製の扉が現れる。
高さは二メートル近い。
古い紋章が刻まれていた。
レンは速度を落とさない。
ドォン!!
勢いよく蹴り開けた。
「おはようございまーす!」
カイトは飛び上がる。
部屋の奥。
白髪と長い髭を持つ老人が机に座っていた。
次の瞬間。
老人が机を叩く。
「九条レン!!」
「おう」
「ここはワシの部屋だぞ!」
「知ってる」
「蹴って入るな!」
レンは勝手に椅子へ座り、机に足を乗せた。
学園長は今にも爆発しそうだった。
カイトは静かに部屋へ入る。
一方クルミは――
学園長の髭で遊んでいた。
当然見えていない。
だが髭だけが勝手に動いている。
「……なぜ髭が浮いておるんじゃ?」
カイトは視線を逸らした。
「さあ……」
レンはカイトを指差す。
「こいつを俺のクラスに入れたい」
学園長は即答した。
「却下」
「なんで!?」
「絶対にダメじゃ」
「理由は?」
学園長は睨む。
「お前が連れてくる生徒は全員問題児だからじゃ!」
レンは笑う。
「今回は違う」
「前回もそう言った」
「訓練棟が吹き飛んだ」
「俺のせいじゃない」
「お前のせいじゃ」
レンは再びカイトを指差す。
「こいつは特別だ」
学園長はじっとカイトを見る。
そして眉をひそめた。
「力を感じん」
レンは笑った。
「なら賭けをしよう」
「賭け?」
「こいつが学園最強の教師に一発でも当てたら入学を認めろ」
学園長は呆れた。
「不可能じゃ」
「そう思うだろ?」
「当てられなかったら?」
レンは肩をすくめる。
「俺が学園を辞める」
部屋が静まり返る。
カイトまで固まった。
学園長はしばらくレンを見つめる。
そして頷いた。
「受けよう」
カイトは二人を見比べた。
それから自分を指差す。
「ちょっと待ってください!」
「なんで俺がいきなり学園最強と戦うことになってるんですか!?」
誰も答えない。
学園長は笑う。
レンも笑う。
窓の外では生徒たちが訓練を続けていた。
カイトはごくりと唾を飲み込む。
学園最強の教師。
そんな相手に――
自分は一撃を当てなければならない。
こうして。
カイトの学園生活は、
最悪の試験から始まろうとしていた。




