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第14章 一族当主の力

レンとカイトは、真田の後に続いて歩いていた。


少し離れた後ろでは――


桜と茜が無言で歩いている。


桜の表情は、いつもより冷たかった。


茜は何か言いたそうにしていたが――


闘技場での出来事を思い出し、賢明にも黙っていた。


カイトは頭の後ろを掻いた。


「先生……」


レンが視線を向ける。


「ん?」


「一体どこへ向かってるんですか?」


レンは笑った。


「すぐに分かる。」


数分後――


一行は巨大な地下ガレージの前に到着した。


黒塗りの車両が何台も並んでいる。


その中の一台、艶やかな黒のSUVが静かに前へ進み出た。


真田がドアを開ける。


「乗れ。」


誰も口を挟まなかった。


全員が乗り込んだ。


車内は静かだった。


エンジン音だけが響いている。


カイトは窓の外を見つめた。


街の灯りが流れるように過ぎていく。


好奇心がどんどん膨らんでいった。


およそ二十分後――


キキーッ!!


SUVは横滑りしながら、人気のない公園の前でぴたりと止まった。


真田が先に降りる。


続いてレン。


桜。


茜。


最後に――


カイトがドアへ手を伸ばした。


その時――


誰かが背後から押し返した。


「うわっ――!?」


カイトは座席へ倒れ込む。


クルミが平然と、先に扉から降りていった。


「はい。」


「一番乗り。」


「……」


カイトは彼女を見つめた。


「……本気か?」


クルミは誇らしげに頷く。


「当然。」


桜がその様子を見ていた。


「……バカね。」


「車から降りることすらまともにできないなんて。」


レンは笑った。


「それでも――」


「そのバカが、お前に一撃入れたけどな。」


桜の眉がぴくりと動いた。


彼女は何も言わずそっぽを向いた。


だが、その顔には明らかな怒りが浮かんでいた。


カイトはようやく車から降りた。


周囲を見回す。


公園全体が、異様なほど静かだった。


静かすぎる。


虫の声すら聞こえない。


その時――


SUVの屋根から、金属の棒がゆっくりとせり上がった。


カチッ。


カチッ。


カチッ。


いくつもの輪が展開していく。


青い光が空へ向かって放たれた。


すると――


無数の輝く糸が周囲へ広がっていく。


数秒のうちに――


透明なドームが公園全体を覆った。


カイトの目が見開かれる。


「……何ですか、これ?」


レンは結界を見上げた。


「《糸結界》だ。」


「ここを、外の世界から切り離してる。」


カイトは瞬きをした。


「じゃあ……外の人には僕たちが見えない?」


レンは頷いた。


「その通り。」


「普通の人間はここに入れない。」


「爆発音も聞こえない。」


「悲鳴も聞こえない。」


「この戦いがあったことすら、誰も気づかない。」


カイトは巨大な結界を見上げた。


「すごい……。」


レンは続けた。


「これは糸のエネルギーで動いてる。」


「誰かが常に糸を送り続けないと維持できない。」


カイトはSUVへ視線を向ける。


「じゃあ……」


「誰か一人、残ってるんですか?」


レンは頷いた。


「ああ。」


「結界が崩れれば――」


「一般人にすべてが見られる。」


カイトが次の質問をしようとした、その時――


重い圧力が突然、空気を満たした。


身体が強張る。


息をするのさえ苦しくなる。


「……何、これ。」


低い唸り声が公園中に響いた。


グルルルルル……


そして――


巨大な影が、闇の中からゆっくりと姿を現した。


身長は三メートル近い。


肌は炭のように黒い。


筋肉は異様に膨れ上がっていた。


頭からは、ねじれた二本の角。


紅い瞳が、燃える炭のように光っている。


長い爪が地面を引きずっていた。


そして――


カイトは、見たくないものを見てしまった。


アクマは両手に、二人の人間を掴んでいた。


男性。


そして女性。


二人ともまだ息があった。


かろうじて。


身体は震えている。


もう悲鳴すら上げられなかった。


化け物が口を開く。


バキッ。


黄金色の糸が、無理やり二人の身体から引き抜かれた。


輝く糸は、アクマの口の中へ消えていく。


夫婦の瞳から、一瞬で命の光が消えた。


アクマは空になった身体を、ゴミのように投げ捨てた。


静寂。


カイトは動けなかった。


足が言うことを聞かない。


手が震え続けている。


「……」


「……」


これは訓練じゃない。


学園の試験でもない。


人が――


本当に、死んでいる。


レンが静かに口を開いた。


「……こういうのにも慣れないといけない。」


カイトはゆっくり彼を見た。


「これが……」


「俺たちの世界だ。」


何も言わず――


真田が前へ歩き出した。


一歩。


一歩。


一歩。


足音が、荒れ果てた公園に響く。


アクマはすぐに彼へ気づいた。


グオオオオオオッ!!


咆哮が辺り一帯を揺るがす。


木々が震える。


砂埃が舞い上がった。


だが――


真田は歩みを止めなかった。


表情ひとつ変えない。


挿絵(By みてみん)


アクマが突進する。


巨大な爪が空気を切り裂いた。


トラックすら潰せる速さだった。


爪が届く寸前――


ドンッ!!


暗い銀色の糸が爆発するように広がった。


アクマは触れることすらできず、後方へ弾き飛ばされる。


巨木を三本、なぎ倒しながら吹き飛んでいった。


木片が四方に飛び散る。


カイトの口がゆっくりと開いていく。


「……なん……。」


アクマが再び立ち上がる。


口から黒い血のような液体が垂れていた。


その瞳は怒りに燃えていた。


グオオオオオッ!!


再び突進する。


先ほどより速い。


真田はただ首をわずかに傾けた。


爪は紙一重で外れる。


表情を変えないまま――


彼は一歩踏み込んだ。


そして、拳を一発。


ドゴォォォンッ!!


衝撃波が、周囲の草をなぎ倒すほどの威力で広がった。


アクマは砲弾のように公園を吹き飛ばされる。


巨体は何十本もの木々に激突し、ようやく止まった。


カイトは自分の目が信じられなかった。


「……あれが……」


「……一族の当主……。」


アクマがゆっくりと立ち上がる。


呼吸が乱れていた。


初めて――


その瞳に恐怖が浮かんだ。


そして――


背を向けた。


逃げ出す。


巨体が公園を突き破るように走る。


頭にあるのは、ただ一つ。


逃走。


真田の姿が消えた。


誰も、その動きを見ることはできなかった。


一瞬前――


彼はアクマの背後にいた。


次の瞬間――


その正面に立っていた。


「街を選ぶ場所を間違えたな。」


アクマの紅い瞳が見開かれる。


もう遅い。


真田が拳を振り上げる。


「……哀れだ。」


ドゴォォンッ!!


拳がアクマの腹へ突き刺さる。


耳をつんざく衝撃波が弾けた。


足元の地面が砕け散る。


化け物の身体が不自然に曲がる。


そして――


無数の黒い糸となって砕け散った。


静寂。


カイトは呆然と呟いた。


「……一発で……。」


レンは笑った。


「あれが一族当主たる所以だ。」


真田が振り返る。


戦いは終わった。


彼は静かに、皆のもとへ歩き始めた。


その時――


カイトは何かに気づいた。


壊れた遊具の近くに――


小さな女の子。


幼い男の子の手を握っている。


二人とも、恐怖で固まったまま動かなかった。


まさにその瞬間――


空中に漂っていた黒い糸が、ぐにゃりと歪んだ。


「――なっ!?」


アクマの残された破片が、再び集まり始める。


一回り小さな身体が形作られていく。


左腕はない。


胸は引き裂かれたままだった。


だが――生きていた。


その光る瞳が、子供たちを捉える。


化け物が笑った。


そして――


飛びかかった。


桜の目が見開かれる。


「……間に合わない。」


茜が拳を握りしめた。


「時間が足りない!」


真田でさえ、すぐに振り返った。


だが――


距離が、あまりにも遠すぎた。


紫の閃光が、戦場を一直線に駆け抜けた。


ヒュンッ!!


何かが、桜の横を通り過ぎる。


茜の横を。


レンの横を。


真田さえも、驚きを隠せなかった。


「カイト!?」


カイトの意識の中で――


クルミが不意に笑った。


「ちょっと身体、借りるね。」


許可を待たずに――


彼女は融合した。


紫の糸が、カイトの全身から爆発するように溢れ出す。


考えるより先に、身体が動いていた。


その姿は、紫の閃光のように消えた。


ドンッ!!


カイトは子供たちの前へ着地した。


アクマの爪が、交差させた両腕へ叩き込まれる。


衝撃が公園中に響いた。


「くっ……!」


カイトは片膝をついた。


全身が震えている。


口の端から血が滲んだ。


震えが止まらない。


力の差は――


圧倒的だった。


幼い男の子が見つめる。


「お、お兄ちゃん……。」


女の子は弟をさらに強く抱きしめた。


カイトは二人を振り返る。


「……逃げろ。」


アクマが笑みを浮かべる。


残った爪を振り上げた。


今度は――


カイトの頭を狙って。


その一撃が届く前に――


ドゴォンッ!!


真田が現れた。


その拳が、アクマの顔面へ叩き込まれる。


化け物は一瞬で爆散した。


欠片ひとつ残らない。


完全な消滅だった。


静寂が戻る。


子供たちがゆっくりと顔を上げた。


悪夢は――


ようやく終わった。


レンがカイトの方へ歩いていく。


心の中で――


すべてを見ていた。


紫の糸。


クルミ。


「……そういうことか。」


彼は一人、静かに笑った。


真田がカイトの前に立つ。


カイトはゆっくりと頭を下げた。


「……すみません。」


「考えるより先に、身体が動いてしまいました。」


真田はしばらく黙っていた。


そして――


笑みを浮かべる。


「気に入った。」


カイトが顔を上げる。


「……え?」


真田は腕を組んだ。


「人を守ろうとする、その覚悟が気に入った。」


「勝てないと分かっていても――」


「お前は動いた。」


「それが大事なんだ。」


カイトは瞬きをした。


そして微笑んだ。


「……ありがとうございます。」


クルミがカイトの身体から抜け出し、隣に立った。


だるそうに伸びをする。


「ただじゃないよ。」


カイトはため息をついた。


「……何が欲しいんだ。」


クルミは笑った。


「ケーキ。」


「……本気か?」


彼女は自信たっぷりに頷いた。


「チョコレート。」


カイトは顔を覆った。


「本当に欲張りだな……。」


クルミは腕を組んで誇らしげに言う。


「命、救ってあげたんだから。」


カイトはそれに反論できなかった。


「……分かったよ。」


クルミは嬉しそうに笑った。


カイトはゆっくりと子供たちのもとへ歩いた。


膝をついて目線を合わせる。


「……二人とも、大丈夫?」


女の子は答えなかった。


ただ、虚ろな瞳でカイトを見つめている。


そして……


ゆっくりと――


震える手を持ち上げた。


カイトの背後を指差す。


「ママ……」


「……パパ……。」


カイトの心臓が沈んだ。


ゆっくりと振り返る。


男性と女性の遺体は、まだそこに横たわっていた。


静かに。


動かないまま。


輝いていた糸は――


永遠に失われていた。


もう、救えるものは何一つなかった。


幼い男の子が、姉の手を振り払った。


「ママ!」


遺体へと駆け寄る。


母親の肩を揺すった。


「起きて……」


「帰らなきゃ……。」


反応はない。


もっと強く揺すった。


「ママ……」


「お願い……。」


女の子も歩み寄る。


父親の冷たい手をそっと握った。


「パパ……」


「……怖いよ。」


二人とも、動かなかった。


公園全体が沈黙に包まれた。


桜でさえ、目を伏せた。


茜は拳を握りしめる。


誰も、かける言葉を見つけられなかった。


カイトはゆっくりと子供たちのもとへ歩いた。


慰めたかった。


大丈夫だと伝えたかった。


けれど……


言葉が出てこない。


一体、何を言えるというのか。


両親はもういない。


永遠に。


長い沈黙の後――


カイトは静かに尋ねた。


「……この子たちは、これからどうなるんですか。」


真田は落ち着いた声で答えた。


「一族の孤児院で保護する。」


「食事も。」


「住む場所も。」


「教育も。」


「すべて与えられる。」


「……でも。」


カイトは二人の子供を見つめた。


「……この子たちは、すべてを失ったばかりなんです。」


真田は黙り込んだ。


なぜなら――


カイトの言葉が正しいと分かっていたから。


穏やかな風が公園を通り抜けた。


男性と女性の身体から、小さな粒子が浮かび上がる。


その姿は、少しずつ消えていった。


やがて、何も残らなくなる。


風が、最後の痕跡を夜空へと運んでいった。


女の子が、消えていく粒子へ手を伸ばした。


指先が触れる前に、粒子は消え去った。


「……ママ。」


彼女は手を下ろした。


涙が静かに頬を伝う。


幼い男の子も、ようやく理解した。


姉の肩に顔を埋める。


そして、泣いた。


カイトは目を逸らせなかった。


拳が震える。


初めて――


誰かを守れなかったということの意味を、本当に理解した。


レンが静かに、カイトの肩に手を置いた。


「……行くぞ。」


カイトは答えなかった。


ただ、頷いた。


全員がSUVへ戻った。


二人の子供も、一言も発さずに乗り込んだ。


互いの手を強く握り合っている。


まるで――


手を離せば、最後の家族まで失ってしまうかのように。


車は静かに走り去った。


車内では――


誰も口を開かなかった。


遠く離れた場所――


巨木の影に隠れて――


一人の男が、静かに空っぽの公園を見つめていた。


顔はフードの下に隠れている。


不気味な笑みが、ゆっくりと広がっていく。


「……予想通りだ。」


「……マルトシ一族の当主は、本当に化け物だな。」


彼は視線を外した。


「だが――」


笑みがさらに深まる。


「……あの少年の方が、遥かに面白い。」


男は闇の中へ消えていった。


まるで、最初から誰もいなかったかのように。

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