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第13章 桜の実力

カイトは緊張した面持ちで唾を飲み込んだ。


これが、実戦としてはまだ二度目の戦い。


しかも相手は――


九大名門一族の一人だった。


その頃――


レンは観客席に腰を下ろし、気楽そうに笑っていた。


「頑張れ。」


カイトは小さく頷く。


「ありがとうございます、先生。」


次の瞬間――


カイトの足元にポータルが開いた。


「ちょっ――」


そのまま姿が消える。


「うわっ!」


ドサッと音を立てて闘技場へ落ちたカイトは、慌てて立ち上がった。


視線の先には――


マルトシ さくらが静かに立っていた。


先ほどまで浮かべていた穏やかな笑みは消えている。


冷たい瞳。


揺るがない表情。


そして――


静かに刀を抜いた。


――スッ……


刀身が鞘から抜ける音だけが、広い闘技場に響く。


その瞬間、


カイトの背筋に冷たいものが走った。


桜は刀をまっすぐカイトへ向けた。


「降参した方がいい。」


カイトは目を瞬かせる。


「……え?」


「あなたでは、私に触れることすらできない。」


その声には怒りも見下しもなかった。


ただ、


事実を告げているだけだった。


カイトは拳を握り締める。


「嫌です。」


桜がわずかに眉を上げる。


「先生は僕を信じてくれています。」


「その期待を裏切るわけにはいきません。」


その言葉を聞いた瞬間――


桜の瞳に、ほんの少しだけ苛立ちが宿った。


銀色の糸が刀へと巻き付く。


さらに腕へ。


脚へ。


次の瞬間――


青い雷が糸から弾けた。


バチッ――!!


闘技場が一瞬で青白く照らされる。


カイトは思わず見つめた。


そして小さく呟く。


「……今日の晩ご飯、唐揚げになるの僕じゃないよね。」


その時。


ぽん、と肩に手が置かれた。


振り向くと、


クルミが立っていた。


「クルミ?」


珍しく真剣な顔をしている。


カイトは少し期待した。


励ましてくれるのかもしれない。


勇気づけてくれるのかもしれない。


そう思った。


するとクルミはにっこり笑って言う。


「じゃあ……」


「カイトを食べるね。」


「…………」


「…………」


カイトは無言で見つめた。


「お前、本当に最低だ。」


カイトは再び桜へ視線を向ける。


そしてクルミを見る。


「クルミ。」


「融合してくれ。」


いつもなら、


何か交換条件を出してくるクルミだったが――


今回はすぐに頷いた。


「うん。」


紫色の光がカイトを包み込む。


無数の糸が身体へ巻き付き、


腕へ、


脚へ、


そして瞳へと流れ込む。


その瞳が淡い紫色に輝いた。


観客席で、


真田が目を細める。


「……面白い。」


「先ほどまでは力を一切感じなかったが……。」


レンは静かに笑った。


その隣では、


茜が腕を組んでいる。


「桜の《糸ランク》自体はそこまで高くありません。」


「ですが戦闘能力は、俺より上です。」


「しかも相手が誰であろうと、一切手加減しません。」


「カイトに勝ち目はありませんよ。」


レンはただ笑うだけだった。


「まあ、見てろ。」


桜は静かに刀を構える。


カイトも腰を落として構えた。


闘技場を静寂が包む。


そして――


桜の姿が消えた。


「速っ――!」


カイトの目が見開かれる。


見えない。


速すぎる。


次の瞬間――


桜は背後に立っていた。


ザシュッ――


胸元が切り裂かれる。


鮮血が舞った。


カイトは慌てて後ろへ飛び退く。


「なっ!?」


「全然見えなかった……!」


桜は刀を向けたまま言う。


「これで分かった?」


「私との実力差が。」


「それでも戦う?」


カイトは歯を食いしばる。


「もちろんです。」


その瞬間、


桜は再び消えた。


ザンッ――!!


今度は腕が切り裂かれる。


カイトは奥歯を噛み締めた。


全身が危険だと叫んでいる。


これは戦いではない。


一方的な試練だ。


そして自分は、


何一つ対応できていなかった。


それでも、


カイトは前へ踏み込む。


拳を振るう。


しかし――


空を切った。


桜はすでにそこにはいない。


気付いた時には背後。


ドンッ!!


鋭い蹴りが背中へ突き刺さる。


カイトは地面を何度も転がった。


観客席では、


真田が静かに頷く。


桜はまったく呼吸を乱さず、


カイトに反撃の隙すら与えていなかった。


カイトはゆっくり立ち上がる。


荒い息を吐きながら、


ある作戦を思いつく。


そして――


走り出した。


一周。


二周。


三周。


どんどん速度を上げていく。


巻き上がる砂煙。


やがて闘技場全体が白く覆われ、


誰の姿も見えなくなった。


桜は目を細めた。


砂煙で視界が塞がれている。


その時――


「そこだっ!」


カイトが上空から拳を振り下ろした。


桜の口元がわずかに緩む。


初めてだった。


彼女が戦いを楽しそうに見せたのは。


桜は迷いなく刀を振るう。


「――雷刃。」


ブンッ!!


青白い雷をまとった斬撃が一直線に走る。


一瞬で砂煙を吹き飛ばした。


カイトは目を見開く。


(しまった――!)


避けるには遅すぎた。


ザシュッ――!!


雷の斬撃が左腕を深く切り裂く。


鮮血が石畳へ飛び散る。


「ぐっ……!」


カイトはそのまま地面へ叩きつけられた。


左腕を押さえながら苦しそうに息を吐く。


闘技場が静まり返る。


桜はゆっくり歩み寄った。


刀の切っ先が、


カイトの首元でぴたりと止まる。


「終わり。」


カイトは荒い息をつきながら見上げた。


「あなたの負け。」


桜は静かに告げる。


「端島へ帰りなさい。」


「平穏に暮らして。」


「英雄になる夢なんて、忘れてしまえばいい。」


その言葉に、


カイトは固まった。


桜は背を向け、


闘技場の外へ歩き始める。


彼女の中では、


もう勝負は終わっていた。


カイトは諦める。


そう信じていた。


だが――


「……嫌です。」


桜の足が止まる。


わずかに目を見開き、


ゆっくりと振り返った。


「僕は……」


「絶対に諦めません。」


カイトは拳を握る。


「英雄になる夢だけは……」


「何があっても。」


そして、


再び走り出した。


桜は小さくため息をつく。


「本当に頑固ね。」


その姿が再び消えた。


一瞬でカイトの背後へ回り込む。


さっきと同じ。


そう思った、その時――


カイトは笑っていた。


後ろも見ずに、


勢いよく足を振り抜く。


勘だけで放った後ろ蹴り。


桜の瞳が大きく見開かれた。


「っ!?」


避けられない。


ドゴッ!!


蹴りがまともに命中する。


桜は勢いよく吹き飛び、


壁へ激突した。


ゴォォン!!


闘技場全体が静まり返る。


誰も言葉を失った。


茜が思わず立ち上がる。


「うそだろ……!」


真田でさえ驚きを隠せなかった。


長い間、


桜にまともな一撃を当てた者はいない。


力でも、


速さでもない。


読みで勝ったのだ。


桜はゆっくり立ち上がる。


頬には小さな傷。


その瞳は、


先ほどまでとは比べものにならないほど鋭くなっていた。


バチバチバチッ――!!


全身から青い雷が爆発する。


さっきより、


さらに強い。


さらに重い。


カイトは本能で理解した。


(……まずい。)


今度こそ、


本気だ。


「あなたみたいな弱い子に……」


「どうして私が当てられたの?」


桜は姿を消した。


これまで以上の速度。


踏み込んだ床が砕け散る。


挿絵(By みてみん)


刀が一直線に迫る。


首元まであとわずか。


避けられない。


反応もできない。


身体が動かない。


その瞬間――


目の前にポータルが開いた。


桜の刀は、


そのままポータルへ吸い込まれる。


レンの声が闘技場へ響く。


「俺たちの負けだ。」


桜は眉をひそめる。


「邪魔をしないで。」


「この子には、ちゃんと教えないと。」


その時、


真田が鋭く言い放った。


「桜、やめろ。」


「勝負は終わりだ。」


「向こうが降参した。」


だがカイトは叫ぶ。


「嫌です!」


「まだ戦えます!」


レンは静かに首を振る。


「いや。」


「もう無理だ。」


次の瞬間、


レンはポータルからカイトの前へ現れた。


傷ついた左腕を優しく持ち上げる。


そして、


宇宙のような色をした糸を巻き付けた。


糸が傷を包み込む。


すると――


裂けていた傷が、


最初から存在しなかったかのように消えていく。


カイトは目を丸くした。


「……ずるいですよ、それ。」


レンは思わず笑う。


真田がゆっくり近づいてくる。


カイトは身構えた。


怒られる。


失望される。


そう思っていた。


しかし――


真田は笑っていた。


「見事だった。」


カイトは呆然とする。


「……え?」


真田は腕を組む。


「桜に一撃を入れられる者は、そう多くない。」


「君はやってのけた。」


カイトは言葉を失う。


真田は静かに頷いた。


「まだ未熟だ。」


「だが、いつか必ず――」


「立派な《糸使い》になる。」


その言葉に、


カイトは初めて心から笑った。


その時――


バンッ!!


勢いよく扉が開く。


一人の男が息を切らしながら飛び込んできた。


「当主様!!」


全員が振り向く。


男は肩で息をしながら叫んだ。


「公園付近で……!」


「Aランクアクマが出現しました!!」


空気が一変する。


真田の表情から笑みが消えた。


「私が行く。」


レンも立ち上がる。


「俺たちも同行する。」


カイトは目を瞬かせる。


「え?」


「僕たちもですか?」


レンは笑う。


「もちろん。」


カイトの目が輝く。


「本当ですか!?」


レンは頷いた。


「一族の当主が戦うところを見たいって言ってただろ?」


その一言で、


カイトは痛みも疲れも忘れてしまった。


真田は無言で出口へ向かう。


その背中から放たれる威圧感は、


先ほどとはまるで別物だった。


まるで、


眠っていた怪物が目を覚ましたような圧倒的な存在感。


レンは小さく笑う。


「運がいいな、カイト。」


カイトはごくりと唾を飲み込む。


「今日――」


レンは真田の背中を見つめながら言った。


「本物の当主の戦いを、その目で見ることになる。」

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