第12章 レンVSアカネ
朝――
窓の外から、小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
やわらかな朝日が障子の隙間から差し込み、部屋を優しく照らしていた。
カイトはゆっくりと目を開ける。
「……朝か」
ほんの一瞬だけ、穏やかな時間が流れた。
だが、すぐに違和感に気づく。
隣の布団が空だった。
レンも、クルミもいない。
「……あれ?」
その時――
「きゃあああああっ!! お、お化けぇぇぇぇ!!」
屋敷のどこかから女性の悲鳴が響き渡った。
「えっ!?」
カイトは勢いよく布団から飛び起きる。
「何があった!?」
慌てて部屋を飛び出した。
数秒後――
悲鳴の主を見つけた。
厨房の前で、女中が腰を抜かして震えている。
顔は真っ青だった。
その視線の先には――
床に座り込み、幸せそうに朝食を食べるクルミ。
「……」
「……」
カイトは額を押さえた。
(そうだった……)
クルミの姿は普通の人には見えない。
つまり女中から見れば、
料理だけが宙に浮き、一人でに消えていく光景だった。
怖くないわけがない。
「す、すみません!」
カイトは女中へ頭を下げると、クルミの腕をつかんで引っ張った。
「ほら、行くぞ。」
「えー、まだ食べてるのに。」
「十分食べただろ。」
クルミは頬をぷくっと膨らませ、不満そうについていった。
部屋へ戻ると、
カイトは周囲を見回した。
「先生は?」
クルミは首をかしげる。
「知らない。」
「起きたときには、もういなかったよ。」
カイトが眉をひそめた、その時。
「やっと起きたか。」
声は窓の方から聞こえた。
二人が同時に振り向く。
窓枠に腰掛けていたのはレンだった。
片足は部屋の中。
もう片方は三階の外へ投げ出されている。
落ちる心配など、まるでしていない様子だった。
カイトは思わず叫ぶ。
「先生っ!?」
「そんな所で何してるんですか!」
レンは軽く笑う。
「屋敷の周りを見回ってただけだ。」
「異常はなさそうだったから戻ってきた。」
その横では、
クルミがベッドへ飛び乗り、
楽しそうにぴょんぴょん跳ねている。
レンは窓枠から軽く飛び降りた。
「行くぞ。」
「朝飯だ。」
「朝ごはん!」
クルミの目が一瞬で輝く。
カイトは呆れたように言う。
「さっきまで食べてたじゃないか。」
しかし、
クルミの耳にはまったく届いていなかった。
数分後――
三人は部屋を出た。
廊下では濃紺の着物を着た男性が待っていた。
「当主様がお二人を朝食へご案内するよう仰せです。」
カイトは首をかしげる。
「二人?」
「僕たちは三――」
最後まで言う前に、
レンが片手でカイトの口をふさいだ。
「むぐっ!?」
レンは何事もなかったように笑う。
「すぐ向かう。」
「かしこまりました。」
男性は一礼すると、その場を離れていく。
姿が見えなくなると、
レンは手を離した。
カイトはすぐに抗議する。
「なんで止めたんですか!」
しかし、
レンの表情は珍しく真剣だった。
「クルミは特別だからだ。」
「……お前もな。」
カイトは目を瞬かせる。
「え?」
レンは腕を組む。
「もし名門一族の連中に、お前の力の正体が知られたら――」
少し間を置いて続けた。
「利用しようとする奴が出てくる。」
カイトは眉を寄せる。
「どうしてですか?」
レンは廊下の窓から庭を眺めながら答えた。
「それを説明するには――」
「まず《糸》のランクを知る必要がある。」
カイトは自然と姿勢を正した。
レンは一本指を立てる。
「糸には八つのランクがある。」
「ランク7。」
「ランク6。」
「ランク5。」
「ランク4。」
「ランク3。」
「ランク2。」
「ランク1。」
「そして――ランク0。」
カイトは頷く。
「7が一番弱くて、0が一番強いんですね。」
「ああ。」
「だが、それだけじゃ強さは決まらない。」
レンは続ける。
「たとえランク7でも、経験があればランク5に勝つことはある。」
「技術。」
「戦い方。」
「判断力。」
「戦闘はそういう要素でいくらでもひっくり返る。」
カイトは静かに聞き入っていた。
レンはさらに話を続ける。
「だから、人間にも別の階級がある。」
再び指を折りながら数える。
「イニシエイト。」
「ディサイプル。」
「アデプト。」
「エキスパート。」
「マスター。」
「グランドマスター。」
「セイント。」
「そして――ソブリン。」
その横でクルミは、
いつの間にかどこからか持ってきたお菓子をもぐもぐ食べていた。
カイトは苦笑しながら尋ねる。
「その階級って、どうやって決まるんですか?」
「任務をこなすこと。」
「アクマを討伐すること。」
「そして、生き残ることだ。」
短い答えだった。
だが、その言葉には重みがあった。
カイトは自分を指差した。
「じゃあ、僕はどのくらいなんです?」
レンは肩をすくめる。
「知らん。」
カイトは思わずよろけた。
「えぇぇぇ!?」
「なんですか、それ!」
レンは吹き出す。
「お前はクルミの力を借りて戦う。」
「前例がない。」
「だから誰にも測れない。」
カイトは複雑そうな顔になる。
「じゃあ……」
「糸が強いか弱いかって、どう判断するんです?」
レンが答えようとした、その時――
「ちょうど起きたようだな。」
聞き慣れた低い声が廊下に響いた。
二人が振り向く。
そこにはマルトシ真田が立っていた。
「朝食の支度が整っている。」
「冷める前に来なさい。」
そして口元にわずかな笑みを浮かべる。
「朝食の後は――」
「いよいよ試合だ。」
その一言で、
カイトの胃がきゅっと縮こまった。
真田はどこか楽しそうに微笑んでいる。
対照的に、
カイトの顔は青ざめていた。
朝食は、思っていた以上に穏やかだった。
――少なくとも、カイト以外にとっては。
「……。」
「……。」
カイトは周囲の視線を気にしながら、こっそりと卓の下へ手を伸ばす。
その先では、クルミが嬉しそうに座り込み、差し出された料理を次々と口へ運んでいた。
「もっと。」
小さな声が聞こえる。
「……食べすぎだって。」
そう言いながらも、カイトは焼き魚を少しちぎって渡した。
クルミは満足そうに頬を緩める。
(お願いだから誰にも気づかれないでくれ……。)
カイトは心の中で何度も祈っていた。
幸い、誰一人として異変には気づいていないようだった。
……たぶん。
朝食を終えると、
真田が静かに立ち上がる。
「では、案内しよう。」
レンも腰を上げた。
「行くぞ。」
三人は真田の後に続く。
屋敷の中は、改めて見ても広かった。
長い廊下。
丁寧に手入れされた日本庭園。
歴史を感じさせる和室。
さらに奥には広大な鍛錬場まである。
カイトは周囲を見回しながら思わず呟いた。
「ここ、本当に家なんですか……?」
レンが笑う。
「名門一族だからな。」
「普通の屋敷とは規模が違う。」
歩き続けること数分。
真田は一枚の巨大な石壁の前で立ち止まった。
カイトは首をかしげる。
「……ここですか?」
「何もありませんけど。」
レンは口元を緩めた。
「まあ見てろ。」
真田は何も言わず、
石壁へ右手を添えた。
その瞬間――
壁が水面のように波打つ。
「……え?」
次の瞬間、
真田はそのまま一歩踏み出した。
そして――
石壁の中へ消えた。
「……は?」
カイトは目を見開く。
壁は再び静まり返る。
まるで最初から何もなかったかのように。
「幻覚……?」
そう呟くカイトの横を、
レンが平然と歩いていく。
「本物だ。」
そのまま壁へ近づき、
何のためらいもなく中へ入っていった。
姿が消える。
「えぇぇ!?」
カイトは恐る恐る壁へ手を伸ばした。
触れた感触は冷たい水だった。
「うわっ!」
思わず身を引く。
だが勇気を出し、一歩踏み込む。
身体が壁をすり抜ける。
視界が一瞬だけ白く染まり――
その先には、
長く続く地下への石階段が現れた。
「隠し通路……。」
思わず息を呑む。
「すごい……。」
三人は階段を下り始めた。
石造りの階段はどこまでも続いている。
クルミは楽しそうに先へ駆けていく。
「わぁー!」
「秘密基地みたい!」
レンは欠伸をしながら歩いていた。
「何回来ても長いな。」
一方、
カイトだけは違う意味で落ち着かなかった。
(これ、本当に試合だけだよな……。)
(地下牢とかじゃないよな……。)
下へ行けば行くほど、
空気はひんやりと冷たくなる。
足音だけが静かな空間に響いていた。
しばらく歩いた先――
巨大な鉄の扉が姿を現した。
高さは五メートル近い。
左右には濃紺の着物を着た護衛が二人。
真田が近づくと、
二人は黙って頭を下げた。
そして、
重々しい音を立てながら扉を押し開く。
ゴゴゴゴゴ……
眩しい光が一気に溢れ出した。
カイトは思わず腕で目を覆う。
「っ……!」
ゆっくりと目を開く。
その瞬間――
言葉を失った。
そこに広がっていたのは、
巨大な地下闘技場だった。
果てしなく広い石造りの床。
無数の訓練設備。
武器置き場。
観戦席。
複数の試合場。
天井は遥か上にあり、
地下とは思えないほどの開放感があった。
「……すごい。」
カイトはただ呆然と立ち尽くす。
真田は静かに微笑んだ。
「ようこそ。」
「マルトシ一族地下修練場へ。」
カイトはレンへ小声で尋ねる。
「どうしてこんなものを地下に?」
レンは即答した。
「糸使いの修行を地上でやれば、
一般人を巻き込む可能性がある。」
「それに――」
「正体を隠す必要もある。」
カイトは納得したように頷く。
「なるほど……。」
確かに、
これほどの戦いを街中で行えば、
普通の人間ではひとたまりもない。
その時だった。
闘技場の中央には、
すでに二人の若者が立っていた。
一人は青年。
背が高く、
鍛え上げられた身体つき。
自信に満ちた鋭い眼差しをしている。
その隣には少女。
長い黒髪を揺らし、
静かに立っていた。
少年とは対照的に、
その表情にはほとんど感情がない。
まるで鏡のような静けさだった。
真田が二人の前へ歩み出る。
「紹介しよう。」
まず青年へ手を向ける。
「息子の――」
「アカネ・マルトシだ。」
アカネは不敵に笑った。
「初めまして。」
「話は聞いてる。」
「端島学園の教師、だろ?」
続いて真田は少女を見る。
「そして娘の――」
「サクラ・マルトシ。」
サクラは静かに一礼した。
「よろしくお願いいたします。」
落ち着いた声だった。
真田はレンへ視線を向ける。
「レン。」
「お前の相手はアカネだ。」
アカネは嬉しそうに拳を鳴らした。
「楽しみだ。」
そして、
真田の視線はゆっくりとカイトへ向く。
「そして君は――」
その一言だけで、
カイトは嫌な予感しかしなかった。
「サクラと戦ってもらう。」
「……え?」
一瞬、
思考が止まる。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
地下闘技場いっぱいに、
カイトの悲鳴が響き渡った。
レンは肩を震わせながら笑い、
クルミは状況も分からず拍手している。
「わーい! 試合だー!」
カイトだけが、
本気で現実逃避したくなっていた。
真田はゆっくりと観覧席へ向かい、腰を下ろした。
サクラもその隣へ静かに座る。
カイトとクルミも少し離れた場所へ移動した。
一方――
闘技場の中央では、
レンとアカネが向かい合っていた。
静寂が流れる。
そして――
第一試合が始まる。
アカネは肩を軽く回した。
「端島学園の教師だって話は聞いてる。」
口元に笑みを浮かべる。
「でも、手加減するつもりはない。」
レンは穏やかに笑った。
「それでいい。」
「本気で来い。」
次の瞬間――
銀色の糸がアカネの両腕と両脚へ絡みつく。
バチッ――!
青白い雷が全身を駆け巡った。
轟音とともに電撃が弾け、
闘技場全体が青い光に包まれる。
「すご……。」
カイトは思わず息を呑んだ。
(これが名門一族……。)
ドンッ!!
床が砕け散る。
アカネは雷のような速度で一直線に駆け出した。
一瞬でレンの目前へ迫る。
「はぁぁぁっ!!」
雷をまとった拳が唸りを上げる。
しかし――
レンは半歩だけ身体をずらした。
ブォンッ!!
拳は空を切る。
「なっ!?」
アカネの目が見開かれる。
すぐさま振り返る。
だが、
そこにレンはいない。
「遅い。」
背後から声が聞こえた。
アカネは反射的に回し蹴りを放つ。
しかし、
また空振り。
レンの姿は再び消えていた。
右。
左。
背後。
真上。
どこを見ても、
一瞬だけ姿が見えたと思えば消えている。
「くっ……!」
アカネは次々と拳を繰り出す。
だが、
一発たりとも当たらない。
観客席では、
カイトが目を丸くしていた。
「あんな動き……見えない。」
レンは戦っているというより、
歩いて避けているようにしか見えなかった。
クルミは楽しそうに拍手する。
「レン、すごーい!」
「逃げるな!!」
アカネが叫ぶ。
その瞬間、
レンがふっと立ち止まった。
「逃げてる?」
笑みを浮かべる。
「違う。」
「遊んでるだけだ。」
「……!!」
アカネの額に青筋が浮かぶ。
「ふざけるなぁぁぁ!!」
雷がさらに激しく弾けた。
全身から放たれる電撃が闘技場を震わせる。
再び突進。
今度は連続攻撃だった。
右拳。
左拳。
蹴り。
肘打ち。
膝蹴り。
嵐のような猛攻。
だが――
レンはすべて紙一重でかわしていく。
まるで未来が見えているかのようだった。
「終わりか?」
レンが静かに言う。
「まだだ!!」
アカネが叫んだ瞬間――
ドンッ!!
レンの拳がアカネの脇腹へ突き刺さった。
ごく普通の拳。
糸も。
技も。
何も使っていない。
それなのに――
「がはっ!?」
アカネの身体は横へ吹き飛んだ。
何十メートルも滑り、
ようやく体勢を立て直す。
観客席が静まり返る。
「……うそだろ。」
カイトは思わず呟いた。
アカネはゆっくり立ち上がる。
口元の血を拭い、
レンを睨みつけた。
「どこだ!!」
「正面から来い!!」
その言葉を聞いたレンは、
軽く肩をすくめる。
「分かった。」
次の瞬間。
レンの姿が消えた。
「――え?」
気づけば、
レンは真正面に立っていた。
「ほら。」
そのまま、
下から拳を突き上げる。
ゴォンッ!!
強烈なアッパーカットがアカネの顎を捉えた。
「ぐあぁっ!!」
身体が宙へ舞う。
さらに――
レンはその場で軽く跳び上がる。
空中で回し蹴り。
ドゴォォン!!
アカネは砲弾のように吹き飛び、
闘技場の壁へ激突した。
轟音が響く。
壁にひびが走る。
土煙が舞い上がった。
レンは振り返ることすらしない。
何事もなかったかのように歩き始める。
その背中を見ながら、
カイトは呆然としていた。
(強すぎる……。)
(先生、本気じゃない。)
(これでまだ遊んでるだけなのか……。)
「まだ終わってないッ!!」
土煙の中から、アカネの叫び声が響く。
次の瞬間――
轟ッ!!
これまで以上に激しい雷が全身から噴き上がった。
青白い稲妻が闘技場中を照らし、
空気そのものが震え始める。
カイトは思わず息を呑んだ。
「まだ、あんな力が……。」
クルミも目を丸くしている。
「ぴかぴかだ。」
アカネは荒い息を吐きながらも笑った。
「これで終わりだ。」
両手をゆっくり前へ掲げる。
無数の雷が両掌へ集まり始めた。
バチッ!!
バチバチバチッ!!
圧縮された雷は次第に巨大な球体となり、
眩い青い光を放つ。
その大きさは人間を軽く飲み込めるほど。
闘技場全体が青白く染まった。
真田は静かに腕を組む。
「アカネ最大の技か。」
その声にはわずかな期待が混じっていた。
アカネは自信に満ちた笑みを浮かべる。
「この技を正面から止めたのは二人だけ。」
「父上。」
「そして――飛炎。」
ゆっくりとレンへ狙いを定める。
「終わりだ!!」
「《雷球》!!」
巨大な雷球が轟音とともに放たれた。
ゴォォォォォッ!!
圧倒的な破壊力を宿した雷球が、
一直線にレンへ迫る。
床が砕け、
空気が震える。
カイトは顔を青くした。
(避けられない……!)
しかし――
レンはまったく動かなかった。
ただ、
小さく指を鳴らす。
パチン。
その瞬間、
レンの目の前に黒い空間が開いた。
小さな穴。
まるで空間そのものが裂けたようだった。
雷球はその中へ吸い込まれ――
完全に消えた。
闘技場は静まり返る。
「……え?」
アカネは目を瞬かせた。
次の瞬間――
アカネの真上に、
もう一つの黒い穴が現れる。
「……は?」
その中から、
先ほどの雷球が姿を現した。
一直線に自分へ落ちてくる。
アカネの顔から血の気が引いた。
「あ。」
逃げようとする。
だが動けない。
先ほどの一撃に全力を使い切っていた。
身体が言うことを聞かない。
雷球は迫る。
さらに迫る。
あと数メートル。
あと一メートル。
「しまっ――」
その瞬間、
レンの姿が消えた。
ドォォォン!!
激しい衝撃が闘技場を揺らす。
砂煙が一気に舞い上がる。
誰もが目を閉じた。
数秒後――
煙が晴れる。
そこには、
レンが立っていた。
片手でアカネの襟を掴み、
安全な場所まで運んでいた。
一方、
雷球は誰もいない場所へ落ち、
石床だけを大きく抉っていた。
アカネはゆっくり目を開く。
「……俺を。」
「助けたのか?」
レンは静かに襟から手を離す。
「ああ。」
アカネは理解できないという表情を浮かべた。
「どうしてだ。」
レンは優しく笑う。
「お前は俺の敵じゃない。」
「今日の相手なだけだ。」
「命を奪う理由なんてない。」
闘技場は静まり返った。
誰一人、
言葉を発しない。
真田でさえ、
わずかに目を見開いていた。
アカネはしばらく黙っていたが、
やがて苦笑する。
「……完敗だ。」
そう言って頭を下げた。
「俺の負けだ。」
レンは笑って肩を叩く。
「いい戦いだった。」
その言葉に、
アカネも自然と笑みを浮かべた。
パチ……
パチ……。
静かな拍手が響く。
真田だった。
ゆっくり立ち上がり、
レンへ視線を向ける。
「見事だ。」
「これが端島学園の教師か。」
その声には、
先ほどまでの疑いはもうなかった。
確かな賞賛が込められていた。
レンは軽く肩をすくめる。
「褒められるほどでもない。」
真田の視線が、
ゆっくりとカイトへ向く。
その瞬間、
カイトの背筋が凍りついた。
(……来た。)
真田は静かに告げる。
「では、次だ。」
「君の番だよ、カイト君。」
「ひっ……。」
思わず変な声が漏れる。
その横で、
サクラが静かに立ち上がった。
ゆっくりと闘技場の中央へ歩いていく。
そして、
カイトへ穏やかな笑みを向けた。
「よろしくお願いします。」
礼儀正しい。
だが、
その瞳には揺るぎない自信が宿っていた。
カイトは乾いた唾を飲み込む。
「……よろしく。」
声が震える。
クルミは隣で目を輝かせていた。
「カイト、がんばれー!」
レンは腕を組みながら笑う。
「死ぬなよ。」
「縁起でもないこと言わないでください!」
カイトは思わず叫ぶ。
闘技場には笑いが広がった。
しかし――
カイトだけは笑えなかった。
目の前に立つサクラを見つめながら、
心の中で一つだけ思う。
(……僕の悪夢、本番はここからだ。)




