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第15章 英雄の覚悟

SUVは静かに、マルトシ一族の屋敷へと向かっていた。


誰も口を開かない。


レンも。


桜も。


茜も。


いつもは騒がしいクルミでさえ、珍しく静かだった。


カイトはうつむいたまま座っていた。


考えがまとまらない。


「そうか……」


「これが、本当の意味での英雄なのか……。」


彼はゆっくりと拳を握りしめた。


どれだけ強くなっても――


すべての人を救えるわけじゃない。


夜の中に消えていった、あの子供たちの両親の姿が、頭から離れなかった。


カイトの視線が、ゆっくりと二人の子供へ向く。


女の子は、幼い弟をしっかりと抱きしめていた。


二人とも、何も話さない。


目は泣き腫らして赤くなっていた。


どこへ向かっているのかも分からない。


これからどうなるのかも分からない。


すべてを失ってしまった。


カイトは静かに視線を逸らした。


胸が重かった。


数分後――


SUVがゆっくりと停まった。


カイトは窓の外を見る。


マルトシ一族の屋敷に到着していた。


全員が車から降りる。


二人の子供だけが、車内に残ったままだった。


どちらも動こうとしない。


桜が開いたドアの前に立つ。


「出なさい。」


子供たちは、ただ彼女を見つめるだけだった。


どちらも答えない。


桜は眉をひそめた。


「出なさいと言ってる。」


それでも――


反応はなかった。


彼女の我慢が切れる。


「この子たちは!」


「出なさいって言ってるでしょう!」


幼い男の子がびくりと震えた。


姉の後ろに隠れる。


カイトはすぐに前へ出た。


「桜さん……」


「僕がやってみても?」


桜がカイトを見る。


「……あなたが?」


彼女は鼻を鳴らして一歩下がった。


「私みたいな綺麗な女が出せなかったのに……」


「あなたにできるっていうの?」


カイトはその言葉を聞き流した。


車のそばへ静かに膝をつく。


そして優しく微笑んだ。


「大丈夫だよ。」


「僕たちは、君たちを傷つけたりしない。」


二人の子供は、互いに顔を見合わせた。


長い沈黙が流れる。


そして――


幼い男の子が、ゆっくりと手を伸ばした。


カイトの手を掴む。


強く。


桜の目が見開かれた。


「……何?」


男の子は、カイトの後ろへそっと隠れた。


桜をちらりと覗き見る。


そして小さく囁いた。


「……あの怖いお姉ちゃん、意地悪。」


沈黙。


茜が唇を噛んだ。


肩が震え始める。


笑わないよう必死に堪えていた。


だが、桜の顔を見た瞬間――


「……ぷっ。」


慌てて口を押さえる。


桜がゆっくりと彼の方を向いた。


「……茜。」


「今、笑った?」


茜はすぐに視線を逸らした。


「い、いや。」


「咳をしただけだ。」


レンは静かに空を見上げていた。


自分には関係ないという顔をして。


真田が歩み寄ってくる。


子供たちを見た。


それからカイトを見る。


「一族の孤児院へ連れて行け。」


「そこなら安全だ。」


その言葉を聞いた瞬間――


二人の子供は、カイトの服をさらに強く掴んだ。


どちらも手を離そうとしない。


カイトは二人を見下ろした。


ぎこちなく微笑む。


そして真田の方を見た。


「……当主様。」


「もし良ければ……」


「今夜だけ、僕がこの子たちと一緒にいてもいいですか?」


「怖がっているので。」


「まだ、他の人を信じられないと思います。」


真田は黙り込んだ。


数秒が過ぎる。


誰もが彼の返事を待っていた。


やがて――


彼は頷いた。


「……よかろう。」


「明日の朝までだ。」


カイトは笑顔になる。


「ありがとうございます。」


真田は背を向けて歩き出した。


桜がその背中を見つめる。


「……父上。」


「どうして、そんな大事な役目をあの人に?」


真田は足を止めなかった。


答えは即座に返ってきた。


「なぜなら……」


「あの子たちが、彼を選んだからだ。」


桜は黙り込んだ。


もう一度、二人の子供へ目をやる。


まだカイトの後ろに隠れたまま、


離れようとしなかった。


初めて――


彼女には、その理由が分からなかった。


真田、桜、茜、そして運転手が去った後――


カイトはゆっくりと、二人の子供の前に膝をついた。


優しく微笑む。


「もう、怖がらなくていいよ。」


「僕がそばにいるから。」


男の子はカイトの手をぎゅっと握りしめた。


女の子は、小さく頷いた。


その後ろで――


レンがかすかな笑みを浮かべて見ていた。


クルミはSUVの屋根の上に座り、足をぶらぶらと揺らしている。


ちょうどその時――


一人の中年の男が近づいてきた。


「そろそろ時間です。」


「子供たちは私が孤児院へお連れします。」


レンは首を横に振った。


「俺には、まだやることがある。」


彼はカイトを見た。


「お前が一緒に行け。」


カイトは頷いた。


「分かりました。」


レンは笑って歩き去った。


そして――


残されたのは、カイトと。


クルミと。


二人の兄妹と。


世話係の男だけだった。


孤児院への道中――


クルミはじっとしていられなかった。


カイトの肩をつつく。


背中をつつく。


袖を引っ張る。


カイトが振り向くたびに――


彼女はすぐに目を逸らし、何もなかったふりをした。


「……」


カイトは目を細めた。


「お前だって分かってるからな。」


クルミは無邪気に口笛を吹いた。


「何のことか、さっぱり分からないな。」


二人の子供は、静かにカイトを見つめていた。


両親を失ってから初めて――


男の子の顔に、小さな笑みが浮かんだ。


数分後――


孤児院に到着した。


マルトシ一族の本邸の裏に建っている。


立派な屋敷とは違い――


孤児院はどこか質素で、


小さくて、


温かかった。


まるで、ごく普通の家のようだった。


世話係が玄関の前で立ち止まる。


「後は、お任せします。」


そう言うと――


静かに立ち去っていった。


カイトが扉に手をかけた、その時――


ドンッ!!


一冊の本が、まっすぐ彼へ飛んできた。


顔面に直撃する。


「痛っ!」


カイトは後ろへよろけ、地面に倒れ込んだ。


クルミが大笑いする。


「ナイスショット!」


カイトは本を拾い上げた。


「……本気か?」


そして何の前触れもなく――


その本をクルミへ投げつけた。


ゴンッ!


本が彼女の額に命中する。


「痛あぁい!」


クルミは慌てて頭を押さえた。


「痛いじゃない!」


孤児院の中にいた三人の子供たちが固まった。


「……?」


彼らの目には――


カイトが何もない空間へ本を投げつけ、


一人で口喧嘩を始めたように見えた。


「……変な人。」


誰かが小さく呟く。


あの二人の兄妹でさえ、思わず笑ってしまった。


今日、初めて――


二人が笑った瞬間だった。


カイトは服についた埃を払った。


そしてぎこちなく微笑む。


「……こんにちは。」


「僕はカイトです。」


元気な女の子が真っ先に前へ出た。


「ユキだよ!」


「ゲームするの大好き!」


男の子が誇らしげに胸を張る。


「僕はシン!」


「最強の戦士になるんだ!」


もう一人の男の子が、ゆっくりと前へ出る。


恥ずかしそうに俯いた。


「……ルイです。」


「本を読むのが好きです。」


全員の視線が、新しく来た二人の子供へ向いた。


カイトが微笑む。


「そういえば、まだ君たちの名前を聞いてなかったね。」


姉の方がしばらくためらった。


そして小さく答える。


「……コハクです。」


弟の手をそっと握る。


「この子は私の弟の……」


「リュウ。」


カイトは両手を打ち合わせた。


「みんな、よろしくね!」


「さあ、中に入ろう。」


全員が頷いた。


カイトがリビングへ足を踏み入れた瞬間――


ズテンッ!!


見事に滑って転んだ。


背中から思い切り倒れる。


部屋の中は、まさに惨状だった。


本。


服。


おもちゃ。


枕。


すべてが床に散らばっていた。


クルミは笑い転げそうになっていた。


カイトはゆっくりと立ち上がる。


「……何があったんだ、これ。」


すぐに――


五人全員が、互いを責め始めた。


「シンのせいだよ!」


「違う!ユキが最初に散らかしたんだ!」


「私じゃないもん!」


「ルイは全然片付けないし!」


「リュウが一番散らかしてる!」


「僕じゃない!」


「はいはい!」


カイトは両手を上げて制止した。


「静かに!」


部屋が静まり返る。


カイトは物置へ姿を消した。


しばらくして――


五つの空の袋を持って戻ってきた。


みんなが不思議そうな顔をする。


「これからゲームをする。」


「みんな、一つずつ袋を持って。」


「一番たくさん散らかったものを集めた人が……」


「勝ち。」


子供たちは腕を組んだ。


「……やだ。」


「やりたくない。」


カイトが笑う。


そして――


ポケットからチョコレートバーを取り出した。


「……勝った人には、これをあげる。」


全員の目が輝いた。


クルミの目も。


「私も参加する!」


カイトはため息をついた。


「……お前、ここに住んですらいないだろ。」


「関係ない。」


「チョコレートが欲しい。」


片付け競争が始まった。


一瞬にして――


孤児院は再び大騒ぎになった。


みんなが必死におもちゃや本や服を集めて走り回る。


数分後――


カイトがすべてを数え終えた。


「勝者は……」


「……コハク!」


女の子は瞬きをした。


「……私?」


カイトは微笑んだ。


「おめでとう。」


彼はチョコレートを彼女へ手渡した。


他の子供たちは、がっかりした顔をする。


コハクはしばらく、そのチョコレートを見つめていた。


そして……


丁寧に五等分に割った。


一つずつ、全員に配っていく。


自分の弟にも同じように。


一番大きなかけらすら、自分のために取っておかなかった。


部屋は一瞬で笑顔に包まれた。


カイトは黙ってその様子を見ていた。


そして微笑む。


「……本当に優しいお姉ちゃんだね。」


コハクは恥ずかしそうに俯いた。


しばらくして――


カイトは周りを見回した。


「そういえば……」


「みんな、ここで自分たちだけで暮らしてるの?」


ユキが頷いた。


「ほとんどはね。」


「真田当主様が、週に二回様子を見に来てくれるの。」


シンが付け加える。


「それから……」


ルイが柔らかく微笑んだ。


「お姉ちゃんが毎日会いに来てくれるんだ。」


「いつも午後はずっと一緒にいてくれる。」


カイトは辺りを見回した。


「……そのお姉ちゃんは、今どこに?」


ユキが首をかしげる。


「もう来てるはずなんだけど……」


その時、玄関のベルが鳴った。


ピンポーン。


「僕が出るよ。」


カイトは玄関へ向かった。


子供たちは彼の後ろについていく。


ゆっくりとドアを開けた。


「……あれ?」


誰もいない。


その時――


戸口の上から、影が落ちてきた。


カイトが反応するより先に――


首元に、鋭い石の欠片が突きつけられた。


挿絵(By みてみん)


「動くな。」


冷たい少女の声が、耳元で響く。


「一つでも変な動きをしたら……」


「喉を掻き切る。」


カイトは固まった。


「……な、何?」


子供たちが息をのむ。


「お姉ちゃん!」


「だめ!」


「その人はいい人だよ!」


少女は石を下げようとしなかった。


「あなたたちには分からない。」


「こういう人ほど……」


「見た目より、ずっと危険なの。」


「一緒に遊んでくれたんだよ!」


「お家も片付けてくれた!」


「チョコレートまでくれたもん!」


少女の目が見開かれる。


子供たちの顔を見つめた。


そこには――


怯えの色など、少しもなかった。


ただ、信頼だけがあった。


ゆっくりと――


彼女は石を下ろした。


「……」


「……ごめんなさい。」


声の調子が、すっかり変わっていた。


冷たさは消えていた。


今は――


優しく穏やかな声だった。


カイトは首を撫でた。


「大丈夫だよ。」


「誰も怪我してないから。」


彼はぎこちなく頬を掻いた。


同じ年頃の女の子とちゃんと話すのは、これが初めてだった。


急に、どこを見ればいいのか分からなくなる。


「僕はカイトです。」


少女は礼儀正しく微笑んだ。


「私はマルトシ・アミ。」


そして、コハクとリュウに気づく。


すぐに――


彼女は二人の前に膝をついた。


「こんにちは……」


「私の小さな戦士たち。」


「おかえりなさい。」


初めて――


コハクが笑った。


子供たちはすぐにアミを引っ張っていった。


「お姉ちゃん!」


「一緒に遊ぼう!」


孤児院はすぐに笑い声で満たされた。


みんなは夕方まで遊び続けた。


一緒に夕食を食べた。


そして一人また一人と――


子供たちは眠りについた。


邪魔をしたくなかったので――


カイトは静かに孤児院を後にした。


「……あの人、何者だったんだろう。」


アミは、彼が去っていくのを見ながら、静かに考えていた。


外に出ると――


カイトは、一人で座っている誰かに気づいた。


コハクだった。


彼女は静かに涙を拭っていた。


カイトに気づく。


そして――


不意に、彼へ強く抱きついた。


「……」


カイトはそっと、彼女の頭に手を置いた。


「大丈夫だよ。」


彼女は首を振った。


「……ううん。」


「ママも……」


「パパも……」


「もういない。」


「私、守れなかった。」


「もう、一人ぼっちだよ。」


カイトは静かに、彼女の隣に座った。


長い間……


どちらも何も言わなかった。


やがて――


カイトは優しく微笑んだ。


「……一つ、お話をしてもいい?」


コハクが頷く。


「昔々……」


「小さな男の子がいました。」


「彼はヒーローが大好きでした。」


「ヒーローなら、みんなを救えると信じていました。」


「家族と幸せに暮らしていました。」


「お母さんはいつも笑っていました。」


「お父さんはいつも支えてくれました。」


「ある日……」


「二人は、いなくなってしまいました。」


「彼はあちこち探しました。」


「ずっと待ち続けました。」


「信じていました……」


「きっと帰ってくると。」


「でも……」


「二人は、二度と帰ってきませんでした。」


「その子は思いました……」


「自分は一人ぼっちだって。」


「でも、それは違いました。」


「誰かが、彼に手を差し伸べてくれました。」


「誰かが、彼に居場所をくれました。」


「そして少しずつ……」


「彼は気づいたのです。」


「一人ぼっちは……ずっとは続かないって。」


コハクは静かにカイトを見つめた。


「……その子は、どうなったの?」


カイトは微笑んだ。


「今でも、ヒーローになりたいと思ってる。」


「誰よりも、ずっと。」


「……どうして?」


「それは……」


「もう二度と……」


「誰も、一人で泣かなくていいように。」


沈黙。


コハクは涙を拭った。


そして微笑んだ。


「……私も、強くなる。」


「ここにいるみんなを、守る。」


カイトは微笑んだ。


「君なら、きっとできるよ。」


ずっと様子を見ていたクルミが、腕を組んだ。


「……」


「……なかなか、いい話だったね。」


「あの話、あんたのことでしょ。」


カイトは夜空を見上げた。


そして微笑む。


「……さあ、どうだろうね。」


それとも――


「……誰にも分からないよ。」


二人は静かに、マルトシ一族の屋敷へと歩いて戻った。


はるか上――


レンは屋根の上に座り、


カイトを見つめていた。


かすかな笑みが浮かぶ。


「……もしかしたら……」


「……お前が、その《一人》なのかもしれないな。」


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