走る楽しみ
ダンジョンへ向かって走る。
いつもは自転車に乗っているが、走ってダンジョンへ行くのも、意外と面白い。
今まで僕は徒競走が苦手ではないけれど、特別得意でもなかった。
学校でリレーなどをするのであればクラス代表には選ばれるような実力はないし、学校マラソンなんかでも順位は真ん中のほうに位置している。
要するに、走ることはできるけど速くない。
それが、これまでの僕の走りだった。
だが、ダンジョンまで走って行くだけでも、これまでいかに僕の走り方が良くなかったのかがわかる。
超集中のおかげだ。
極限まで高められた意識が、体の声を細かく教えてくれる。
走るフォームが悪い。
鞄を背負っているというのはあるけれど、軸がぶれている、と体が訴えてくる。
走る際の一歩の踏み出しもよくない。
かかとから地面へと踏みしめるように着地しているからか、自分の足の運び自体がブレーキとなっていてその次の一歩の邪魔になっている。
そのほか、頭の位置から重心、体のひねりや腕の振り。
気になるところはいくらでも出てくる。
なにが正解なのかはわからない。
多分だけれど、短距離を走るのと長距離を走るので走り方というのは違うはずだ。
今はダンジョンまでの道のりを走るため、僕の体が求めるのは長距離走の走り方だ。
体からの声に耳を傾けながら走り続ける。
その声は、むしろ悲鳴に近かった。
こんな動かし方はやめてくれ、と体が悲鳴を上げている。
僕は今までこんなに体を無駄に消耗する動かし方で走っていたのか。
そりゃあ、徒競走で順位が良くなかったわけだ。
正解のフォームがハッキリとわかっているわけではないが、それでも体が悲鳴をあげないように、一つひとつの声を聞き、動きを修正していく。
今までとは全然違うフォームや体の動きになってくる。
そのために、違和感を感じる。
本当にこの走り方でいいのだろうか、と不安になる。
だけど、そのまま走っているといつもよりも疲れないことに気が付く。
いつもならばちょっと走るだけで息がはぁはぁと荒くなり、胸は苦しく、脇腹は痛くなったはずだ。
けれど、そうはならずに走り続けることができる。
僕がマラソンで順位が振るわなかったのは、体力不足じゃなかったんだと実感する。
同じ体力でも体の使い方が変わるだけで、こんなにも疲労具合が違うのか。
朝はそこまで意識していなかったが、全く同じコースを走ることで朝と比較しての違いにも気が付くことができる。
楽しい。
――いや、これ、めちゃくちゃ楽しい。
走るのってこんなに楽しいことだったんだな。
今まではマラソンなどの持久走はどちらかというと人に言われてやる苦行に近いものだったように思う。
けれど、そうじゃないんだ。
自由に走るって、こんなにワクワクするものだったのか。
それを知れたのも超集中のおかげだろう。
僕はダンジョン外でも体を動かす楽しみを見つけつつ、それでも、なぜかダンジョンでの穴掘りのほうが魅力的に感じている。
ウキウキわくわくしながら走り、ダンジョンへと飛び込んでいった。
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