328.円満夫婦は妻優先が原則
山を登る街道は、どうしても馬車の速度が落ちる。そのため、早朝から出発した。まだ肌寒く薄暗いうちから、山道を登っていく。揺れる馬車は、それでも轍を丁寧に処理されている道を順調に進んだ。寄り道せずに帰ってきたので、ウテシュ王国を出発して四日目の朝だ。
明るくなる外を見ることなく、ラファエルは眠っていた。大きく揺れて頭を打たないよう、クラーラがクッションを差し込む。ごろりと寝転がった孫を見つめる目は、二人とも優しかった。
「私はともかく、あなたは簡単に隠居させてもらえないと思うわ」
ウテシュ王国周辺と違い、ゼークトからロイスナーへ向かう道は整っている。きちんと整備され、雨でできた穴や轍は砂利で埋められていた。そのため、多少の会話はできる。乳製品を始めとして、様々な交易品がこの道を通るためだ。
商人達は馬車の故障や品物の損失を考え、金を出し合って道を整備してきた。そこに当時のロイスナー公爵家から、資金援助が出る。加えて、ゼークト王国側もシェンデル公爵家の支援が入った。周辺より立派な道は、幅も広くて通りやすい。
「クラーラ、お前のほうが大変じゃろうて。わしはすっぱり辞められるぞ?」
互いに自分はもうお役御免、と言い張る。どちらも頼られる未来が予想できるのだが、あえて目を瞑っていた。この年まで貢献したのだから、そろそろ解放してほしい本音が覗く。
「頼られても断りますわ」
「わしもじゃ」
互いに笑い合った。クラーラがエッカルトの肩に頭を乗せ、目を閉じる。眠ると言わずに寄り添う妻を、エッカルトの腕が抱き寄せた。
「お祖父様もお祖母様も……仲がいいね」
いつの間に目覚めていたのか、ラファエルがにこにこと指摘する。ここで動揺して腕を離すような男ではなかった。エッカルトはさらに妻を引き寄せ「羨ましいじゃろぉ」と惚気る。頷くラファエルが身を起こした。
「あなた、動かないでくださいな」
叱られて、エッカルトが直立不動になる。頭の位置を直し、クラーラはまた目を閉じた。その姿に、ラファエルは大事なことを学ぶ。外でどれだけ偉ぶっても、傲慢に振る舞っても、家では奥様優先! 妻が最強を忘れない。
この記憶はラファエルが結婚しても継続し、エッカルトと同じように老いて寄り添うまで……ずっと頭の片隅に残った。それが家庭円満の秘訣なのだと、ラファエルは折に触れて、周囲の人に話したとか。
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