329.平和な光景は努力の裏で保たれる
夕方、日が落ちる直前に門をくぐった。馬車の中で、ラファエルが大きく伸びをする。降りてからでもいいのに、気持ちが急いていた。早く両親や姉に会いたい。馬車が停まって、飛び出したい気持ちをぐっと堪えた。
以前なら飛び降りていただろう。ラファエルの成長に、エッカルトとクラーラは顔を見合わせた。微笑み合って、それでも飛び出したい孫の幼さに愛おしさが募る。『前回』の話を聞いてから、エッカルトは様々な方面へ手を打ってきた。
万が一にも、娘の一家に不幸が訪れないように。誰かが手出しできないよう、外交手段を駆使して周囲を固めた。もし今、アードラー王国が不穏な動きをすれば……すぐにでも太刀打ちできる手段を用意している。それでも不安が過るのだ。
女神アルティナの加護があっても、絶対はない。実際に『前回』は後手に回った。やり直しが行われたとしても、失われた事実は変わらない。
クラーラも同様に、様々な方面に釘を刺した。二人の努力は、孫ラファエルの笑顔で報われる。開いた扉の先、ロイスナー公王邸を背景に立つ家族の光景に、老夫婦はなんとも表現しがたい喜びを感じた。
腕を組んで立つ義息子ヨーゼフと娘ミヒャエラ。両手を広げて「おかえりなさい」と微笑むガブリエルの愛らしさ、隣でソフィーが会釈して見守る。アウグストは数歩後ろで、騎士服に身を包んで背筋を正していた。何も欠けていない。それが当たり前ではなく、奇跡なのだと実感した。
「ラファエル、楽しかった? お祖父様、お祖母様、中へどうぞ。お疲れでしょう?」
大人の女性の口調で、ガブリエルが皆を中へ誘う。ミヒャエラがそれを呼び止めた。
「庭の東屋にお茶を運ばせるわ。そちらへお願いね」
「はい、お母様。行きましょう、ソフィー」
涙ぐんでしまったクラーラは、ハンカチを使わず指先で涙を弾いた。何もなかった振りで、案内に立つガブリエルを追う。エスコートする夫を見上げなかった。どうせ涙で目を潤ませているわ。そんなクラーラの想像以上に、エッカルトは涙脆かった。
ずずっと洟を啜る音に、苦笑したクラーラがハンカチを渡す。ウテシュを出てから二枚目のハンカチをそっと畳んで胸元にしまい、無地のハンカチを取り出して顔を乱暴に拭いた。汗を拭うように見せかけ、洟も涙も吸わせてしまう。
「ガブリエル、ゆっくり歩いてくれんか? 馬車旅で疲れてのぉ」
「え? 腰は大丈夫ですか」
心配するソフィーに「問題ない」と返しながら、歩く。その後ろでは、ラファエルが早口で旅のあれこれを話していた。東屋に着いてもそのまま、ラファエルの大切な友人の話へ移っていく。微笑み、頷きながら、時折質問を交えて。
夕食の晩餐が準備できるまで、庭で過ごした。




