323.兄に婚約者だと?
ケヴィンが帰ってきた? ガブリエルは大喜びで、ソフィーを誘って飛び出した。先ほどまで目を通していた本に、ソフィーが栞を差し込む。それから後を追ったソフィーは、目を丸くした。
「荷馬車?」
騎士が? そんな響きに、気づいた侍従がこっそり教えた。あれはルイス王国で借りたらしい、と。それだけ大量の土産を持たされたのだろう。実際、侍従や下働きまで一緒になって、平べったい木製の箱を運んでいた。
風に乗って、鼻に届くのは魚の臭い? 独特な臭いに、一部の侍従は顔を歪めている。好き嫌いが分かれそうね。ガブリエルはくすくす笑いながら、海の匂いを吸い込んだ。さほど前ではないのに、懐かしいと感じる。
「ケヴィンお兄様、おかえりなさい! たくさんもらったのね」
「ああ、ただいま。久しぶりだなぁ、リル」
ケヴィンの後ろから飛びついたガブリエルは、はっとして離れた。
「ねえ、ケヴィンお兄様。もう洗った?」
「ああ、だから問題ないぞ! ほらっ!」
他国から戻ったら水浴びをする。いつもの騎士の慣習を思い出し離れたガブリエルが、再び抱き着いた。その勢いを利用して抱き上げ、くるりと回る。抱っこしたままの回転に、ガブリエルは嬉しそうに声を上げて笑った。
「リル、紹介してください」
「あ、ごめんなさい。ソフィーお姉様、こちらはカールお兄様の弟でケヴィンお兄様。アウグスト叔父様の次男よ」
一度言葉を切って、ケヴィンの腕から降りる。
「ケヴィンお兄様、こちらは私の側近候補で、カールお兄様と婚約したソフィーお姉様よ。ゼークト王国のメルテンス子爵令嬢なの」
挨拶をして一礼するソフィーを凝視するケヴィンが「婚約者?」と繰り返す。
「ソフィーお姉様が来たとき、カールお兄様かケヴィンお兄様の婚約者に、という話が持ち上がったのよ。でもケヴィンお兄様は留守だったし、カールお兄様と意気投合して……そういえば、ケヴィンお兄様も好きな方がいたのよね。婚約したらどうかしら?」
ケヴィンに同行した騎士達が、そっと目を逸らす。長い道中、会話のネタが尽きることがある。普段は言えないことを、野営の最中に漏らすこともあった。そういった場面で、彼らは聞いていたのだ。
ケヴィン・バーレは、恋人に振られたことを。
「……いや、ああ……うん。そのうちに」
従妹であるガブリエルに「振られて、今は恋人がいない」と口にできず、ケヴィンはそっと目を逸らした。不思議そうにしながらも「そう?」と流すガブリエル。気づいてしまったソフィーが、気の毒そうに目を伏せた。
「まあ、ケヴィン。無事に戻ったのね、良かったわ。交代でカールが留守にしてしまって」
気まずさを吹き飛ばすように、ミヒャエラが顔を見せる。その明るい声に、場が救われた。




