322.なぜか牛を引き連れて帰還
下り始めれば、すぐにロイスナー公国領だ。高い山脈を背負う国は、高地に集落が点在していた。その一つに到着すると、まずは体を拭く。これは様々な国へ仕事で出かける騎士業の過程で生まれた、重要な決まりだった。
他国の土や泥、病を拭き清めるのだ。相手の国に対して親しく思う気持ちがあれば、なおのこと欠かせない。病を持ち込めば、自国民が苦しむ。その恨みは相手の国へ向かった。だから持ち込まない努力が必要だった。
牛や羊、山羊も同じように病を貰う。泥や土から勝手に花が咲いて草原を荒らす。夏の間に他国の土から根付いた草が咲き誇り、冬に芽を出す貴重な花を枯らしたことがあった。過去の経験から、様々な決まり事が出来たのだから無視できない。
今までアードラー王国とゼークト王国へ続く街道沿いの街で落とした泥だが、今後はこの集落で落とすことになる。そんな話を村長と交わしたら、若者が村に戻ってくるかもしれないと喜んでいた。街道が発展すれば、ルイス王国との交易もしやすい。
「伯父上に相談しておく」
これでも一応、公王ヨーゼフの甥だ。胸を張ってそう伝え、ケヴィンは頭から水を被った。運んだ荷馬車から荷物を下ろし、馬車も丁寧に洗う。濡れたついでと、騎士が総出で馬車を綺麗にした。再び荷物を積み直して、公王邸へ向かう。
「久しぶりだなぁ」
「そういや、他国から来ると具合悪くなる人がいるよな」
「ああ、あるある」
「なんか、少し頭が重い」
一人の騎士がそう言い出したら、周囲が馬から下ろして荷馬車に押し込んだ。馬は荷馬車の後ろに繋がれる。
「数日すりゃ治るが、今は無理するな」
ケヴィンがぴしっと言い渡し、がたごと揺れる荷馬車の中で騎士は寝転がった。と、すぐに飛び起きる。
「隊長! 魚が踊ってる!」
「は?」
意味が分からず後ろに回ったケヴィンは、青ざめた。木製の引き出しに似た薄い箱に入れた魚が、飛び出している。
「とまれ! 魚を回収!!」
その命令に、首を傾げた他の騎士も後ろに回り……慌てて馬から降りた。荷馬車の中に散らばった魚を拾っては戻していく。
「うわっ、魚くせっ」
「あ、やべぇ……なんか腹減ってきた」
「帰るまで待て、あと少しだ」
とても国の代表使節団とは思えぬ会話を交わす。匂いが気になるのか、牛が寄ってきて荷馬車に顔を突っ込んだ。微笑ましい光景だが、騎士達が慌ててガードする。牛は魚を食べないと思うが、万が一ということもある。ルイス王国からの献上品、という形だからな。奪われたら名折れだ。
牛をぞろぞろ引き連れた荷馬車が公王邸に入っていく。なんとも締まらない様子を、民は苦笑いして見送った。何をしているのやら。そんな言葉が交わされたとも知らずに。




