312.性別ではなく性格の違い
カペル共和国の使節団が予定通り出発し、すぐにアードラー王国から騎士団が到着した。それが迎えだったのか、使者のアデナウアー侯爵令嬢ユーディットが旅立つ。エッカルトは入った情報を伝えるべきか、迷った。
「私なら知らせないわ」
クラーラは刺繍の手を止めずに、夫にそう告げた。続いた理由に、エッカルトはなるほどと頷く。
知らせればラファエルが気にするだろう。見送るべきか、見送らずに終わるか。その判断が心に残ってしまう。せっかく綺麗に距離を置けるのだから、自然消滅させるべきだ。そうしなければ、悔いが残ってしまうから。
エッカルトは逆の考えだったため、呼びに行くつもりでいた。クラーラの意見で、浮かせた腰を下ろす。知らずに別れたら、生涯忘れられない人になるのではないか。ずっと気持ちを残したまま、思い続けることになればラファエルが辛いだろう。
これがエッカルトの懸念だった。妻に伝えたところ、刺繍の手が止まる。
「そうねぇ、男性と女性の違いなのかもしれないわね」
知っていたらこうした、ああした。クラーラはその後悔を想像しない。なぜなら、知らない間にいなくなった人を追う意識がないからだ。相手に多少の好意を抱いていても、何も言わずに立ち去った人は意識の外へ排除される。
自分を尊重し、大切にしてくれる人を優先する。クラーラは常にそう生きてきた。だから何も言わずに察してくれ、と思わせぶりな態度を取る人からは距離を置く。
「あなたは逆なのね。別れを伝えて、気持ちを切らないと気になる」
「そうかもしれんな」
雑談の最後に、エッカルトは知らせない決断をした。見送って楽になりたいのは、性別による違いではなく性格なのだろう。そう締め括り、ラファエルの言動を振り返った。あの子なら、知らないまま終わったほうが綺麗な思い出になる。
慌ただしく運び出しをしていた侍従達の足音が消え、車輪の軋んだ音に代わる。それもすぐに聞こえなくなった。
ふと見れば、クラーラは止めた手を動かして刺繍を続けている。
「わしらも引き揚げの準備をせねば……」
「あら、あなた。私達は明日ではなく、明後日の出立ですよ」
アードラー王国の予定が繰り上がっただけで、ゼークト王国が明日出発する。最後に王宮を出る自分達の荷造りは、まだ早い。言い切ったクラーラは、針を片付けた。侍女にお茶を用意するよう伝え、作りかけの刺繍を箱にしまう。
「すまん、邪魔したか?」
「いいえ。目が疲れたので終わりにしましたの……お茶に付き合ってくださる?」
「もちろんだ。マイレディ」
最愛の人の誘いに、エッカルトは笑顔で応じた。




