311.いない人の影を探した
見送りに、来てくれるかもしれないと期待した。カペル共和国が予定通り出発し、ユーディット達は予定を繰り上げた。アードラー王国からの騎士が到着したのだ。
襲撃された際に助けを呼びに走らせた騎士は、いくつもの街を経由して本国へ伝えた。国境を越えた場所で叫んだため、すぐに騎士団が作られて救援に向かう。水場をすでに出発していたユーディット達を追い、昨夜ようやくウテシュ王宮へ着いた。
救援目的で騎士や兵士を編成したので、人数が多い。使者に随行する護衛の規模を越えているため、他国での長逗留は出来なかった。他国の王宮へ押しかけたと判断されれば、侵略扱いになってしまう。あくまでも、襲われた同国使節団の迎えとして処理する必要があった。
余計な懸念と摩擦を避けるため、ユーディット達の出発が一日繰り上げとなったのだ。賑やかに準備を整えて見送られる隊列の中央で、馬車の窓から王宮を見つめる。ウテシュ王宮のどこかの窓に、ラファエルがいないか。隣にいるスヴェンには申し訳ないと思いながらも、探していた。
姿は見えず、諦めて窓を閉める。仕方ない。自分にそう言い聞かせながら、ユーディットは目を閉じた。深い息をゆっくり吐いて、静かに目を開ける。もう揺れない。二度と会うことが出来ないだろうと覚悟して、隣のスヴェンに寄りかかった。
「ごめんなさい」
「何を謝っているのか、わかりません」
本当は知っているくせに、とユーディットは唇を動かす。でも声は出さなかった。その動きで何を言いたいか気づいても、スヴェンは指摘しない。謝ったのなら、覚悟が決まったのだろう。過去を掘り起こして、騒動を育てる気はなかった。
そもそも、スヴェンは出会いから二人の淡い初恋を見てきた。交錯するかに見えた未来は、『前回』の影で暗く閉ざされる。その後、自ら気持ちを吹っ切ったユーディットは、アードラー王国の使者として立派に務めた。
最初に望まれた男でなくていい。最後に彼女に寄り添う男でありたかった。そのためにユーディットを支えるつもりだ。婿としてアデナウアー侯爵家の柱の一本となり、アードラー王国に貢献する。両親も喜んでくれるはずだ。
「私はあなたの気持ちを縛る気はありません。内心は自由ですから」
今はロイスナー公子を好きでもいい。いつか自分を好きだと言わせる。騎士らしく正々堂々と正面から、愛して振り向かせる。微笑んだスヴェンの気持ちを見抜いたように、ユーディットは「ありがとう」と声に出して伝えた。
揺れる馬車から王宮が見えなくなり、街を抜けて街道を進む。窓から見える景色に重なって、騎士団や兵士が見えた。




