309.英才教育の片鱗がちらり
イグナーツ王子と話したい、ラファエルの願いは思わぬ形で叶った。戻った部屋にイグナーツが来ていたのだ。祖父母を訪ねてきたと聞いて、なんとも複雑な思いが胸に浮かぶ。
王族が、前公爵夫妻を? 肩書きで語ると妙な感じになる。イグナーツの説明を受けて、ラファエルも納得した。以前から王宮でよく顔を合わせる、おじやおばの感覚だった。シェンデル公爵家は王家と血が近いので、親族として付き合うのもわかる。
「年上は敬うものだからね」
「あらまあ。私を年寄り扱いなさるなんて、坊やも成長したこと」
おほほと笑うクラーラの釘は太く、ぐさりとイグナーツに刺さった。慌てて話題を転換しようとラファエルに話しかける。ここでエッカルトへ話を振ったら、傷口をさらに抉られると判断したようだ。ある意味、正しい。
「それで、私と話したいこととは?」
「ウテシュの王子……ん? 王弟のネロやミロと仲良くなりました。よければ、一緒に交流を深めてはどうかと」
王子ではなくなった友人達の名を口にしたら、イグナーツが目を丸くする。それからほわりと笑った。こういう顔は、カタリーナ王女と似ている。やっぱり兄妹だなと思いながら、ラファエルは答えを待った。
「お二人の教育ですか? 上手な誘い方だ。私でよろしければ喜んで」
「ありがとうございます! 僕も嬉しいですが、二人も喜びます」
イグナーツは気持ちを引き締めた。まだまだ幼い子ども扱いできる相手ではない、と気づく。エッカルトとクラーラによる英才教育の成果が出ていた。初めに条件を提示し、決定権を相手に委ねる形で提案して言い切らない。柔らかさが表にでて、断りにくいのだ。
外交の手練手管を身に付けつつあるラファエルへ、イグナーツは興味を持った。親戚の親戚は親戚……と言えるほど血は近くない。ロイスナー公国と今後も良好な関係を築くため、次の公王となるラファエルと親しくなろう。イグナーツの考えを読んだように、エッカルトが咳払いをした。
「わしはまだ許可しておらんが?」
「ダメですか? おじい様……」
しょんぼりしたラファエルの顔に弱いエッカルトは、すぐに白旗を上げた。孫に弱いのが祖父母の宿命だ。元からラファエルは我が儘を呑み込む子なので、なおさら願いを叶えてやりたいと思う。
「うむ、よかろう。ただし、条件は昨夜と同じだ」
「はい! ありがとう! おじい様、おばあ様」
あのエッカルトが手玉に? イグナーツは想像もしなかった光景に口元を緩めた。今後を考えるなら、姉であるガブリエルのことも知りたい。仲良くしておこう。この決断を、数時間後に悔やむことになるとも知らずに。イグナーツは打算を含んで受け入れた。




