306.足りない手を届かせるために
エッカルトは、ちょうどいいタイミングで訪れた知人を受け入れた。女神アルティナの僕であり、誰よりも誠実な男だ。治外法権となっている客間へ足を踏み入れ、シュテファンは胸元のペンダントを握った。ロケットになった内側には、女神の肖像画が入っている。
小声で女神アルティナに感謝の祈りを捧げた。
「お久しぶりにございます。シェンデル公爵閣下、公爵夫人」
後ろのヴェルナーが挨拶をすると、エッカルトは豪快に笑って椅子を勧めた。ここでは遠慮なく、ベニートの手を借りてソファーに落ち着く。
「すでに隠居した身じゃ。そなたらと同じよ」
知らなかった代替わりを聞き、ヴェルナーは静かに首を縦に振った。長椅子にシュテファンとヴェルナーが並び、斜め後ろにベニートが控える。シーゲル辺境領が国境を守っていた頃からの付き合いだった。
「何かございましたか?」
呼び立てた理由を尋ねるシュテファンへ、エッカルトはにやりと笑った。
「そなたら、本懐を果たしたのであろう? ならば、わしらの手伝いをせんか?」
「手伝い、ですか?」
シュテファンは、前半部分をあえて聞き流した。知られていても問題ない。復讐を果たした今、断罪されようと悔いはなかった。気になった部分を繰り返した枢機卿に、エッカルトは満面の笑みで持ち掛けた。
「なぁに、なんてことはない。女神アルティナ様の愛し子を守る手が足りない。頼めるじゃろうか」
シュテファンは息を呑んだ。女神アルティナの愛し子は、エッカルト達の孫娘だ。ロイスナー公国の公女であり、簡単に会える存在ではなかった。教会に取り込んで聖女のように崇めれば、女神の意思に背くことになる。
信仰心に篤いシュテファンは迷った。その隣で、ヴェルナーが口を開く。
「わしは何をすればよい?」
「愛し子やその家族を害そうとする者らを排除する。光が強いほど、影は暗くなるもの。そなたらも知っておろう? ゆえに、ロイスナーに骨を埋める覚悟で来てほしいのじゃ」
命懸けになるだろう。はっきりと危険を口にした。隠してもバレる。ロイスナー公国は興きたばかりで人材が不足していた。特に表ではなく裏を担当する者がいない。アウグスト達親子も真っすぐで、裏の仕事を任せられなかった。
エッカルトとクラーラがいくら手を尽くしても、足りないのだ。そこを埋める手伝いをしてくれ。真正面から「欲しい」と手を伸ばされ、ヴェルナーの気持ちが傾く。
「ベニート」
「旦那様にお供いたします」
執事の迷いない一言で、ヴェルナーは覚悟を決めた。
「抜け殻でいるよりマシか。女神様に捧げるのであれば、この命差し出そう」
「愛し子様のおられる土地ならば、枢機卿が必要でしょう。私も参りましょう」
三人の味方を得て、エッカルトとクラーラは「ありがとう」と素直に頭を下げた。




