206.王位継承に価値はない
立ち直るきっかけを掴んだウテシュ王国とは裏腹に、アードラー王国は混乱を極めていた。愚かな王太子を追放したあと、貴族の間で継承権争いが起きたのだ。
公爵家から伯爵家まで。高位貴族と呼ばれる爵位を持つ家が、誰が敵だ味方だと騒いで右往左往する。その様を見る民の視線は冷たかった。誰が王でも構わない。自分達を飢えさせず、重い負担を押し付けない人物が望まれた。
民の感情を置き去りにする貴族を、教会が静かに見つめていた。選別を行っているのだ。女神アルティナのやり直しが行われた以上、神々の力と関与は疑うべくもない。相応しくない人物が王として立つなら、教会はその全勢力で叩き潰すつもりだった。
「偉い人ってのは懲りないねぇ」
苦笑いするジーモンは、やれやれと首を横に振る。
国王グスタフはしばらく沈黙を貫いた。その意味を知るのは、一部の側近のみだ。本人が望まないにもかかわらず、その一部に含まれてしまったジーモンは階級章を指先で弄る。騎士団長補佐を示す階級章は、妥協の産物だった。団長だけは嫌だと拒んだ結果である。
団長の座が空席なので、事実上の団長だった。もちろん、ジーモンは「補佐」を強調しながら仕事に向かう。
「移住ばかりで国が傾いてるのに、誰もいない王国の玉座なんて座りたいかねぇ……」
呆れたと呟くジーモンに、宰相が苦言を呈する。
「まだ滅びてはいません」
「時間の問題では? 何しろ、ロイスナー公国にも断られましたし」
国の譲渡の話だろう。正確には王位を譲渡しようとして断られた。負債しかない国を得る利点が示せないのだから、断られるのが当然とも言える。他国に縁者のある貴族は、爵位を返上して移住を選んだ。
ウテシュ王国、ゼークト王国、カペル共和国……どこも攻め込んでこない。アードラー王国に価値なしと明言されたも同然だった。
「まあ、ここまで落ちれば逆に覚悟が決まるってもんで」
相変わらず口の悪いジーモンだが、グスタフ王は彼を重用した。一番の理由が、民の目線を知っていること。次におべっかを使わず正直であること。本人が出世を嫌がることも、正直さの証と受け取られていた。
「女神様も、どうせならドカンと滅ぼしちゃえばよかったんすよ」
平然と女神批判をするのかと慌てる周囲をよそに、ジーモンは平然としている。
「残したなら、残す意味があったんでしょう。足掻いて認めていただく、これしかないっす」
悪態ばかりの男の言葉に、宰相や大臣が絶句した。だがグスタフ王は大笑いしたあと「では、働かせるとするか」と大鉈を振るう。貴族の爵位を見直し、王位争いを始めた愚者を切り捨てた。代わりに国へ貢献した者を、文官武官問わずに取り立てる。その中には商人も含まれた。
数年後、アードラー王国は新たな王朝への移行を目指して動き出す。血縁による王族支配を脱却し、カペル共和国とも違う「民による政」の看板を掲げて。国の形、名称、制度、すべてを変革していくことになった。




