207.ルイス王国の信仰の源へ
ルイス王国は独立した国であると同時に、神々の集う地としての役割も果たしてきた。年に一度、他国の神々が休みに訪れる。時期はばらばらで、それぞれの神が己の望みで羽を休める。そう伝えられる岬は、人の立ち入りが厳しく制限される神域だった。
「本当に入っても?」
「もちろんです。神々の意に沿わぬ者は弾かれますのでご安心ください」
第二王子アードリアンの案内で、岬の前に立つ。神域を示す白い紙が揺れる縄を見上げ、ガブリエルは不安に駆られた。振り返ると祖父母が数歩後ろで立ち止まる。無理に手を伸ばそうとしても、足を踏み出しても、ばちっと軽い痛みを感じて動けなくなった。
「私達はここまでね」
「俺もだ」
叔父のアウグストも足止めされた。シェンデル公爵夫妻の二歩先だが、それ以上は無理だと首を横に振る。ルイス王国の王族であるためか、アードリアンはガブリエルの隣に立っていた。
「私は資格がない気がしますが」
恐る恐る訴えたのは、ガブリエルと手を繋いだソフィーだ。なぜか真横に立つ権利を得てしまい、困惑しているらしい。ガブリエルと手を繋いでいるからか、それとも彼女自身の素質か。弾かれる様子はなかった。
「ご案内したいのですが、私もここまでです。この先はお二人でどうぞ」
促され、ガブリエルはソフィーを見上げた。姉のように慕うソフィーが一緒なら、大丈夫。怖くないと足を踏み出した。神域に入るために縄を越える。
ふわっと世界が変わった。見た目の変化ではない。肌がそう感じるのだ。気温が下がった気がして、ぶるりと身を震わせる。繋いだ手の温もりを確かめるように、強く握り直した。しっかり握り返され、ほっとする。
「一歩ずつ」
「ええ」
二人で息を合わせ、ついでに歩調も合わせた。一歩進んで足を揃え、また踏み出しては揃え直す。進んだのは数歩だと思うのに、振り返った後ろは森に閉ざされた。前には一本の道が開かれている。
『おや、天使のお出ましか』
『どこの子だい?』
『アルティナ様の天使……いや、テアリス殿の天使でもあるのか』
男女どちらとも区別のつかない声が聞こえ、ガブリエルは声が漏れそうになる。慌てて手で口を覆った。この岬へ来る前、国王に注意されたのを思い出す。神域は禁息である。呼吸は構わないが、息と見做される発声はしないように、と。
息を禁じるから人が神域に入れる。彼らの教えと信仰を穢すわけにいかない。ガブリエルは顔を上げて、声の主を探した。この場で声を発するなら、おそらく休みに来られた神々であろう。
『なるほど。これはまた極上ではないか』
一柱の男神が目の前に現れた。周囲の森の闇が凝ったように、突然現れた青年姿の神は笑顔で手を差し伸べる。
『この手を取るがよい』
ぞくりと背筋が冷える。ガブリエルはゆっくりと視線を逸らし、俯いて首を横に振った。




