201.神託に慣れた王国の民
王城へ伝わった神託は、あっという間に国民へと下知された。予言に分類される話をすぐ信じる国民は、過去に何度も女神からの神託で命を長らえてきたという。予言や神託を信じない民は命を落とすため、信じる民だけが残されたと言い換えることもできた。
「叔父様、私……時期はお伺いしていないの」
いつ起きるかわからない。それなのに、すぐ動き出して……何も起きなかったら? いや、それよりも安全だと思って戻った直後に山が割れたら! 心配が湧いて出るガブリエルへ、クラーラがゆっくり首を横に振った。
ソフィーとクラーラに挟まれて座るガブリエルは、両手をそれぞれに預けた形で眉尻を下げる。不安で零れた言葉に、アウグストが正面から言葉を返した。
「安心しろ、シェンデル公爵が出向いて話をしている。もうすぐ情報が入る」
はずだ……の部分を省いた。不安を煽っても何も生まれない。言い切ってにやっと笑えば、ぎこちなくガブリエルも笑顔を作った。その頬に手を当て「笑っていろ、天使様」と茶化した口調で告げる。頷いたガブリエルの耳に、エッカルトの声が届いた。
馬車を乗り付けた玄関で手を振る祖父は、孫娘に「すぐいく」と声を張り上げる。その様子に、クラーラがぼやいた。
「この一大事に、また腰を痛めそうで嫌だわ」
「抱き上げて連れてこようか?」
悪い顔で揶揄うアウグストに、クラーラが笑い出し……つられてガブリエルも笑った。ソフィーは苦笑して小さく首を横に振る。明るい室内の様子に、エッカルトが首を傾げながら入室した。
「ルイス王国の巫女殿が時期を特定してくれたぞ。あの占術というのは、すごいな」
感嘆するエッカルトが口にしたのは、二日後の明け方だった。実質、一日しか時間がない。王城と呼ぶ建物は平城で、もし海が荒れたら沈みそうなほど低かった。この国では海の女神の加護が発動しており、今までは高波による被害はほぼゼロだった。
警告となる今回の神託がなければ、山が揺れても避難しなかっただろうと王が口にしたそうだ。エッカルトの話に頷いたクラーラが立ち上がる。
「まだ荷ほどきしなくて正解ね。すぐ纏め直しましょう」
旅支度で荷物が少なかったこと、新しく購入した品はすべてゼークト王都の公爵邸へ送っていたこと、ガブリエルの神託騒動で荷ほどきをしていないこと。様々な要素が重なって、このまますぐ逃げることが可能だった。
食料は備蓄があり、すでに運搬が始まったと聞く。ならば人の命だけ守れれば、神託を最大限活かせたことになるだろう。手回りの荷物だけ持ち、騎士や迎賓館の使用人達と山を目指した。
「ところで、山が割れると聞いたけれど……どこが割れるのかしらね」
不思議そうなガブリエルの疑問で、エッカルトが青ざめる。が、使用人の一人が口を開いた。
「女神様を祀った神殿へ逃げます。こちらです」
どうやら、ルイス王国の民は慣れているようだ。現地の流儀に任せるが一番、と歩き出した。途中でクラーラ、ガブリエル、ソフィーの順で音を上げる。頑張るエッカルトも含め、五人分の荷物はアウグストが背負うことになった。




