200.疑うことは心を曇らせます
アードリアンにどう伝えるか悩み、誰が聞いたと言わずにそのまま伝えた。エッカルトは、アードリアンの人柄に懸けたのだ。もし彼が否定するなら、自分が盾になればいい。
クラーラの意見で、ガブリエルは旅の疲れで寝込んでいると話してあった。今になればその布石が生きてくる。本当に妻には頭が上がらないと、エッカルトは顎を撫でながらアードリアンの返答を待った。
「女神テアリス様が、そのような……」
嫌な反応だ、そう思った直後にアードリアンは大きく息を吐いた。両手の指を絡めるように組んで、祈りを捧げる。
「海を司り、我らに豊かな恵みを与えてくださるテアリス様のお言葉なら……疑う余地はありません。すぐにでも避難の準備をさせましょう。何もなければ、それでいいのですから」
予想外の反応に、エッカルトは瞬きして固まった。先ほどの態度で、彼はこちらを疑っていると判断したのに。真逆の対応を口にする。
「疑わぬのか?」
「シェンデル公爵閣下が嘘をつく理由はありません。それに、ご令嬢の一人は女神様の加護をお持ちです。疑うことは心を曇らせます」
海の女神テアリスの教えを守るルイス王国の民にとって、彼女の名を使った嘘は存在しない。もし女神の名を騙って嘘を吐けば、即座に命が絶たれると信じているからだ。他国と違い、様々な自然に神が宿ると考える多神教のルイス王国は、多様な考え方や信仰を受け入れる土壌があった。
「ご令嬢にお礼をお伝えください。我らの巫女であっても数日寝込むほどの予言ですから」
立ち上がるアードリアンは、これから王城へ戻って仔細を伝えるらしい。この数日でルイス王国は、エッカルトにいくつかの貿易案を出していた。それも変更を余儀なくされるだろう。
「迎賓館からの避難は、騎士に手配させます」
深々と一礼したアードリアンは、大急ぎで馬に跨って王城へ向かう。玄関先まで見送り、エッカルトは大きく肩で息をした。疑われるだろうと気を張っていたのが、一気に抜ける。信じてもらえて安心した部分と、こんなに無防備な国が無事であったことに疑問を覚えた。
他国に騙され侵略されるのでは? と要らぬ心配をしてしまう。いや、この国ならば神々が細やかに手を差し伸べて守るか。女神の名で口にされた内容を信じると言い切ったのは、過去にそうやって騙しに来た使者が撃退された経験がありそうだ。
ぶるりと肩を震わせ、自分の吐いた言葉を確認する。万が一にも間違って伝えていないか、一言一句思い出そうとした。だが普段からそういった会話を心掛けているのに、曖昧になっていく。
「まだまだ及ばぬか」
苦笑いして、女神アルティナに祈りを捧げた。この信心深い国をどうかお守りください、と。




