199.与えられた神託の光と闇
歓迎を受けて、それぞれの客間へ案内される。シェンデル公爵夫妻は一部屋、ソフィーとガブリエルは間に扉のある続き部屋、アウグストがその向かいにある個室だった。
夫婦や女性同士と言った状況を判断し、護衛のアウグストも近くに配置する。アードリアンの配慮に感謝しながら、客間で少し休んだ。明日の拝謁時間を夕食時に確認し、眠りに就く。
ガブリエルは眠い目を閉じ、小さく欠伸を一つ。それから体の力を抜いた。不思議な感覚に包まれ、ふわりと浮いたような錯覚を覚える。夢の中で女神らしき女性の声が聞こえ、ガブリエルはその内容に承諾を返した。
この際だから、尋ねてしまおう。ずっと疑問だった。なぜ周囲の人は『前回』を口にするのか、本当にあれほど酷い未来が訪れる予定だったのか。そして、私はどうして殺されたの?
『そなたは天使、ゆえに悪しき者が排除しようと手を伸ばす。その災いを退けるには、わたくしの介入が遅すぎた。周囲の話す前回は、訪れる予定の未来ではない。すでに訪れた過去であり、今はやり直しの途中よ。可愛い天使、あなたに記憶がないのは……』
女神アルティナの声に、別の声が重なった。
『安心して、私もあなたを天使として守るわ』
姿は見えない。声もぼんやりとしか印象を捉えられないのに、アルティナ様ではないとガブリエルは感じ取った。頭の中に浮かんだのは、海の女神テアリス様の名前だ。
『そうよ、賢い天使』
肯定する響きに微笑んだ。きちんと伝わっただろうか。ガブリエルの夢はそこで終わり、ふわりと意識が浮上する。深い水の底から浮かび上がるように、徐々に明るくなって弾けた。
「ぷはっ」
溺れた感覚に襲われ、息を吐いて吸い込む。大きく吸った息が胸を膨らませ、ゆっくりと吐き出された。
「っ、ガブリエル様が!」
ソフィーお姉様の声だ。ガブリエルは女神たちとは違う声に目を開く。駆け寄ったエッカルトとクラーラの表情は泣きそうで、手を握るのはアウグストだった。膝をついて見上げる叔父の様子に、ガブリエルは驚いて瞬く。
「なに、が?」
喉が張り付いたような感覚で、声が掠れた。気づいたソフィーがコップを差し出す。立ち上がったアウグストの腕を借り、座ってゆっくりと水を飲んだ。コップに満たされた水をすべて飲み干し、ほっとしてもう一度周囲を確認する。
「リル、冷静に聞いてくれ。お前は三日間も眠り続け、目が覚めなかったのだ」
エッカルトの説明が呑み込めず、ガブリエルは首を傾けた。視線をクラーラに向ければ頷く。どうやら事実らしい。それで部屋に皆が駆け付けたのだと理解した。
「何があったの?」
不安そうなクラーラに安心してもらおうと、ガブリエルはぽつぽつと夢の話を始めた。風景や感覚はぼんやりしていたのに、聞いた内容はきちんと覚えている。恐ろしい内容だった。
「ルイス王国に、大きな災いが到達するの。地面が揺れたら、山へ逃げて」
女神たちが警告した内容をきちんと伝える。それから、続いて訪れる幸運にも言及した。
「山が割れて、新しい道ができるわ」
ロイスナー公国とルイス王国を隔てる山脈に、亀裂が入る。その亀裂は新たな道となって、両国を繋ぐはずよ。女神テアリス様がそう望んだの。一気に話して、ガブリエルは「はぁ」と息をついた。
「女神テアリス様を信じて」
ここはアルティナ様の領域ではない。祀られた神として力を持つのは、テアリス様だ。
この情報をどう伝え、活かすか。エッカルトは判断を迫られた。一歩間違えば、混乱を引き起こし……孫娘が危険にさらされる。可愛い天使と呼ぶなら、どうして試練を与えるのか。エッカルトは女神アルティナへの愚痴を思い浮かべ、慌てて打ち消した。




