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わたくしは何も存じません  作者: 綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢をよろしく


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192/196

192.背後を洗ったが何もなし

 エッカルトは再び石造りの階段を下りる。扉を開けるとひんやりした空気が迎え、中へ進むにつれて生臭さが広がった。(カビ)臭さ、血の臭い、死臭……不快さを増す様々な臭いが鼻をつく。薄暗い地下はじめじめと濡れており、気味の悪い音が聞こえた。


「さて、貴様が我が孫を攫った大罪人か。背後に誰もいないと分かるまで、痛みに耐えてもらうぞ。それが終われば……」


 わざと言葉を切った。こういう輩には、何が起きるか最悪の予想を自ら立てさせる。激痛に襲われる前は、殺されるのでは? と震えた。だが実際に拷問の痛みを知れば、早く殺してほしいと願う。だから、人は拷問で口を割るのだ。


 国を興したばかりのロイスナー以外、歴史が古い国はすべて黒い面を持ち合わせている。現在は清廉潔白な顔のロイスナー公国も、数世代で同じように濁るはずだった。国を運営するということは、綺麗ごとでは済まない。いずれ誰かが手を赤く染め、黒い思考で動き、絶望して闇に落ちる。


 エッカルトにとって幸いなのが、その役目を負うのが可愛い孫達より後の世代ということ。子孫であっても、直接知らない者を憐れむ善良さは持ち合わせなかった。大国の筆頭公爵である事実は、周囲が考えるより重い。


 響き渡る悲鳴と絶望の表情、言葉をなさない悲鳴のような自白……。死を嘆願するまで苦しんだ元騎士は、壊れた笑いを繰り返す。甲高い笑い声が耳障りだった。眉根を寄せて不快感を示せば、それだけで周囲が動く。


 彼に指示を出した人物は見つからなかった。調査結果もそれを物語っている。狂人となった元騎士が一人で行動を起こし、周囲を巻き込んだだけ。裏がなければ、あとは簡単だった。


「もう聞き出すことはない。()()()()()()()()処分しろ」


 命令を残して立ち上がり、再び地上へ戻ったときには日暮れを過ぎていた。真っ暗になるには早い。夕飯時だが……エッカルトは、くんと自分を匂った。残念だが鼻がマヒしており、悪臭がわからない。夕飯時にあの地下牢の臭いを持ち込めば、妻に八つ裂きにされそうだ。


 くつりと喉を震わせて笑い、風呂へ向かった。自室に選んだ部屋は広く、手伝いを拒んで一人で風呂に籠る。何度も洗い、石鹸を大量に使い、ハーブを浮かべた湯舟でもう一度嗅いでみた。ダメだ、わからない。


 困惑しながら風呂から出たエッカルトは、髪を拭きながらソファーに座る。と、ノックの音がして妻が入ってきた。クラーラはくんと鼻を引くつかせ、くすくすと笑う。


「今日はラベンダーになさったの? あれほど嫌いだと言っていたのに」


「一番匂いが強い石鹸を使ったんだが、ラベンダーだったか」


 そんなことも分からないほど鼻が死んでいた。エッカルトの呟きに、クラーラは距離を詰めて髪や肌に鼻を近づける。


「大丈夫ですよ。夕飯にあなたがいらっしゃらないから、ガブリエルが気にしてしまって。ここへ呼びますね」


 止める間もなく、クラーラの指示で軽食が運ばれる。そのワゴンを押す孫娘の笑顔に、エッカルトは満面の笑みで出迎えた。妻の太鼓判付きのラベンダーの香りは、孫にもソフィーにも好評で。ごついアウグストにも「花の匂いがする」と言われて、ついに大笑いした。

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― 新着の感想 ―
なぜ、元騎士はガブリエルに手を出したのか。 回帰の後、唯々職務を全うしていればそれだけで良かったのに。 きっと前回もガブリエルの処刑に関連して何か職務にとどまらない邪な思いがあったのでしょうね。誰にバ…
 きっとあの世に渡っても楽にはなれまい。『回帰』を経て尚、女神の愛し子に手を出したのだから。
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