191.正しいほど狂気に呑まれる
離れて地上の光を浴びると、あの異常さが際立った。女神の断罪により殺された男は、完全に壊れている。狂ったと言い換えてもよかった。
「お前さんは近寄らぬほうがよい。ああいった輩は、専門の相手がおるでな」
専門家に任せる方法に、アウグストは異論を唱えなかった。もう一度顔を見て、同じような発言をされたら……迷惑を理解できず暴走するようなら、殺してしまうかもしれない。問答無用で命を絶ち、垂れ流す穢れた思想を消し去りたかった。
「任せます」
こう吐き出すのが精いっぱいだった。真っすぐ立ち向かってくる敵なら、いかに強くても怯みはしない。敵の数が多くても、堂々と受けて立つだろう。だが、あのような狂人相手にどう戦えばいい? 触れた場所から腐り落ちそうで、嫌悪感は増大した。
ぶるりと身震いし、安堵の息を吐きだす。そんな自分を恥と思わないくらいに、アウグストは狂人に恐怖を覚えた。そうだ、この感覚は恐怖が一番近い。ゆっくりと振り返り、地下牢の入り口を見つめた。今にもあの扉を開けて、狂人が姿を見せるのではないか?
「ふむ。最強を自負する騎士でも、形のない相手とは戦えぬか」
それでよしと笑い、エッカルトは再び扉へ向かう。後ろ姿に「なぜ」と声が漏れた。アウグストの顔が強張る。老人一人行かせて、自分が残ることへの罪悪感が募る。しかし、もう二度とあの男に会いたくなかった。
「アレは宮廷に巣食う悪意と似ておる。剣で戦うお前さんには向かない相手だ」
自分は違うと匂わせながら、エッカルトは地下へ戻った。追いかけることもできず見送ったアウグストが、庭へ転がり出る。息苦しく感じ、革鎧を脱いで転がした。乱雑に散らかる革鎧の間で、深呼吸する。
「叔父様ったら、お片づけは自分でなさってね」
ふと顔に影がかかり、覗き込んだ姪の声に驚いた。気配を読むことも忘れていた自分がおかしく感じられる。くつくつと喉を鳴らして笑い、ガブリエルの頬に手を当てた。本物だ、その感触に目を細める。
「我が姫は何をしておいでか?」
騎士団長時代の口調でからかう。ぷくっと頬を膨らませたガブリエルは「お茶会の帰りですのよ」と頬に触れる手を叩いた。ぺちっと軽い音がして、刺激が体の強張りを解く。
「おばあ様とソフィーお姉様もいらっしゃるの。早く起きて」
顔に影を作ったガブリエルが移動し、眩しさに手で目元を覆った。大丈夫だ、まだ立てる。ガブリエルを守るためについてきた。あの狂人をガブリエルに近づける気はない。もちろん彼を護衛に使うつもりもなかった。
結論があれば、途中経過も自然と決まる。革鎧をかき集め、小脇に抱えて三人の淑女に従う。手を差し伸べてエスコートする位置にいないことが、自分らしいと頬を緩めた。




