190.『前回』から始まる狂信者
メルテンス子爵とのお茶会が開催される庭が表で光なら、裏で闇の地下牢は重々しい空気に包まれていた。女性がいなくなったことで、地下牢の温度が下がったような錯覚すら起こす。
「ガブリエルを攫おうとした目的はなんだ?」
「……あの方をお守りするためです」
「あの方?」
誰を示すのかと、厳しい顔のアウグストが繰り返す。元騎士は淡々とした口調で話した。『前回』の記憶が戻ったところで、王家に退職届を出したこと。王宮を離れ、ロイスナー公爵領を目指した。だが、女神の采配で戻される。
その間に情勢が変わった。ロイスナー公爵家が独立し、公国を興す。ここならば女神の介入なしに入れるのではないかと思った。まっすぐロイスナー公国を目指し、すでにガブリエルが国を出た話を聞く。追いかける形でゼークト王国へ向かった。
探し回り、ようやくガブリエルを見つける。女神アルティナが選んだ天使だ。目的と立場を隠し、宿から彼女を攫う算段をした。
「誘拐の理由を言え!」
問う響きより、怒りが滲んだ。アウグストにしたら、どんな理由があってもガブリエルを危険にさらした男を許せない。だが理由がわからないまま殺せば、二度と聞けなかった。後ろに糸を引く誰かがいた場合、黒幕を逃がしてしまう。
脳筋と揶揄される男だが、ヴィリの捜査手法は覚えている。彼ならこうしただろう、部下の手順を辿れば理性的な行動となった。
「誘拐ではありません。保護です。私は『前回』間違えた。だからあの方をお守りする側に立ちたい」
意味がわからない。気持ち悪さが背筋を走った。ぞくりとした背筋を誤魔化すように、アウグストはさらに睨む。後ろで無言で聞いていたエッカルトが溜め息を吐いた。
「つまり……孫娘を手中に置いて守ろうとした、そういう話か? 誰かに提案されたのではあるまいな?」
「提案? そのような愚策に騙されたりしません。あの方は女神アルティナ様につながる、唯一の存在です。私は女神様の僕となり、あの方をお守りする役目を得た」
目を輝かせながら告げる言葉に、嘘はなかった。狂信者の気味悪さはあっても、彼は心底そう信じている。名を聞く気すら起きず、アウグストは吐き捨てた。
「お前の行為は、ガブリエルを傷つけた。王宮に勤めたなら知っているはずだ、未婚の令嬢が誘拐された場合の醜聞を! 貴様のしたことは、女神と天使への反逆だ!」
幸い、すぐに動いたので醜聞を抑え込めた。社交界を支配するシェンデル公爵夫人クラーラの力添えもあり、問題は広まっていない。宿の入り口で、盗賊にガブリエルの宝飾品が盗まれた話に置き換えたのだ。
「私が……あの方の迷惑に?」
呆然と呟く男は、すぐに微笑んだ。
「そんなはずはない。私はあの方のために行動したのだから。女神アルティナ様も私を許してくださるはずだ」
エッカルトが首を横に振った。狂っている、それ以上話しても無駄だ。そう告げる公爵に、アウグストは舌打ちして踵を返した。




