189.荒事は殿方のお仕事よ
アウグストとガブリエルが使用言語を切り替えたため、ソフィーは蚊帳の外に置かれた。きょとんとしたが、次には「学ばなくては」と自分を叱咤する。看病や家の都合で勉強を疎かにした自覚があった。年下のガブリエルがあれほど流暢に言語を操るのなら、私も続こう。前向きにそう感じて覚悟を決めた。
公爵夫妻であるエッカルトとクラーラは、両方の言語を操る。ウテシュも独特な言語を使うが、当然、外交の場に立つエッカルトは習得していた。そちらはクラーラも日常会話や挨拶程度だ。
王太子妃教育の一環として、他国の言語を詰め込まれたガブリエルはゼークト王国の言葉も操る。実母がゼークト王国の出身であることも手伝い、自国の言葉と変わらぬほどに使えた。これはアウグストも同じで、カールやケヴィンも問題なく話す。
今回、ソフィーとの婚約が打診された理由の一つは、言葉が通じることだ。他国へ逃がして守る意味もあり、父メルテンス子爵の療養も兼ねていた。
話す内容が理解できないまま、ソフィーはじっと控えた。言葉の響き、語尾に滲む感情を読み取るように……牢内の騎士を真剣に見つめる。今度こそ異常を見落としたりしない。その気持ちが、彼女を強くしていた。
「何を謝る」
唸るような声を出したアウグストに、ガブリエルは眉尻を下げた。頼りになる叔父がここまで怒るのは珍しい。きっと『前回』に関わることだろう。思い出せないことを申し訳なく思った。きちんと覚えていたら、一緒に怒ったり止めたり出来たのに。
「なぜガブリエルを誘拐しようとした。誰の差し金だ?」
ここでクラーラがガブリエルの肩に手を置いた。
「殿方に任せなさい。顔合わせは済んだでしょう」
疑問形ではなく、断定する言い方で外へ出ようと促される。頷いたガブリエルは、ソフィーへ手を伸ばした。にっこり笑い、使用する言語を切り替える。ここしばらく使い、馴染んでいる母の祖国の言葉を口に乗せた。
「行きましょう、ソフィーお姉様」
「え、ええ。いいの?」
「荒事は殿方のお仕事よ。メルテンス子爵を見舞って、もし体調が良ければ三輪の花とお茶はいかが? と誘うの」
ウィンクして明るい口調で告げる祖母に、ガブリエルは大きく頷いた。その明るい表情に、ソフィーも同意する。エッカルトに見送られて地下牢を出れば、空は曇っていた。晴れた部分が二割ほど、残りは白い雲に覆われている。だが灰色の雲ではなかった。
「おばあ様、ありがとうございます」
連れ出してもらったお礼を口にした。ガブリエル一人の判断では、外へ出る決断が出来なかった。あのままアウグストを置いていくのか、迷って聞きたくもない話を耳にしただろう。
「あら、お礼ならお菓子を一つ多めに譲ってくれたらいいのよ」
ほほっと笑いながら、クラーラは場の雰囲気を変えていく。尊敬の眼差しを向けるソフィーと、嬉しそうに笑うガブリエルは「将来、こんな女性になりたいわ」と声に出さず願った。




