188.『前回』の罪をお許しください
顔を見たガブリエルは、やはり知っている人だと呟いた。
「ロイスナー公爵令嬢、『前回』の我が罪を……お許しください」
公女ではなく、公爵令嬢と呼んだ。それはアードラー王国の者以外にあり得ない。彼の言葉もアードラーのものだった。聞き慣れない言語に、ソフィーが首を傾げる。
「『前回』だと?」
アウグストが眉根を寄せる。考え込んだ彼の隣で、ガブリエルも首を傾げた。私が許す? 元騎士であるこの人の罪を? 憶えていない『前回』の罪なんて、困るわ。許すとも、許さないとも、言えなかった。
ガブリエルの脳裏に王宮の光景が浮かんだ。薔薇のアーチの近く、いつも穏やかな表情で立っていた。通る際に軽く会釈をしたことがある。仕事上、大きく体勢を崩すことはできない騎士が、静かにやや深く会釈を返した。
その思い出に浸る姪の隣で、アウグストは愕然とした。見覚えがある騎士は『前回』の記憶に登場する。女神アルティナの介入があった、あの処刑台の上にいた。処刑人の隣でガブリエルをギロチンに固定した騎士だ。
閃くように、あの時の光景が蘇る。思い出せと、女神の指示があったかのように。鮮明に臭いや色まで浮かんだ。世界が回転するような眩暈と吐き気がする。
あの日、転がされたまま見上げた先で、狂ったように笑うガブリエルの首が落ちた。長く美しかった黒髪は短く、艶もない。転がった首が桶に落ち、処刑台が吹き飛んだ。眩しい光が目に焼き付いた落雷の瞬間、処刑台の木片で腹部を貫かれたはず。
「う……がぁ! くそっ」
怒りと憎しみが蘇ったアウグストは、気持ちを落ち着けようと左拳を石壁に叩きつけた。貴族の屋敷には地下牢の設置が義務付けられている。様々な事情で溢れる罪人を投獄するのに、騎士が在中する貴族の屋敷は最適だった。高貴なる者の義務として、認識されてきた歴史もある。
石壁で作られた牢の壁に叩きつけた拳が、みしっと痛みを返した。深呼吸して感情を抑え込む。そうしなければ、剣を抜いて斬りかかりそうだった。
「叔父様?」
「……こいつを知っている。いや、思い出した」
平伏する元騎士である罪人を見下ろすアウグストの目は冷たく、暗い色が浮かんでいた。声が低くなり、地を這うように滑る。どちらが罪人か疑うほどに、アウグストの憎しみは表情に出た。
「『前回』、あの忌々しい場所にいた。ガブリエルを傷つけ、女神の罰を受けた……」
「はい。あの時、私は王太子の命令に従いました。公爵令嬢を殺す手伝いをした、愚かな男です」
頭を下げたまま、懺悔さながらに吐き出される言葉を……ガブリエルは黙って聞いた。無実の天使を殺した『前回』の罪は、この男の心を壊したのか。なぜ誘拐を企み、実行したか。エッカルト達は、アウグストの怒気に数歩下がった。




