185.思い出したわ!
がっしりと鍛えた体、背は高い。腹が出ていることもなく、貴族というより……騎士のようだったとガブリエルは語った。短く刈られたダークブラウンの髪、暗く深い青の瞳に日焼けした肌。指折りながら特徴を口にするガブリエルが、静かに首を傾げた。
「絶対に見たことがあるの。でも……屋敷ではなくて……あれは、そう……後ろに薔薇のアーチがある庭園近くの、小道だった」
出会った場所を記憶から手繰り寄せる。本人の名前や肩書きより先に、どこで出会ったか。そのとき、何をしていたか。風景から紐解こうとした。アウグストは顔は覚えても名前はすぐ忘れる。けれど、ガブリエルは王太子妃教育の一環で、人の顔や名前を覚える訓練をしていた。
それなのに思い出せないのはおかしい。薔薇のアーチはピンクの花が咲いており、あれは王宮の庭への入り口だった。そこまで来たところで、ガブリエルは息を呑む。
「……近衛騎士? いえ、制服が違う。でもアードラー王宮に出入りできる騎士よ!」
自分の専属騎士でもなければ、王宮の一騎士の名前など憶えない。騎士が名乗るとしたら、忠誠を誓う場面や専属騎士として紹介されたときくらいだろう。近衛も含め、王宮に勤めるとはそういうことだ。己の個性を捨て、ただ壁のように守りに徹する。
目立つ騎士は不要なのだ。風景の一部となって守り、存在を誇示する場面では華やかな制服で胸を張る。ガブリエルがすぐ思い出せないのも道理だった。おそらくアウグストも同様で、自分の直属の部下でもなければ、王宮すべての騎士の名は知らない。
「叔父様に知らせなくちゃ!」
「侍従に伝言を頼みましょう、だから落ち着いて」
クラーラに止められ、ガブリエルは深呼吸する。焦っても仕方ない。叔父への伝言を頼み、クラーラの手から果物を受け取った。侍女の運んだ果物を一口、甘酸っぱい柑橘の香りが広がる。
焦りや混乱が収まっていく。もう一口放り込み、ガブリエルは味わって咀嚼した。丁寧にゆっくりと噛み、喉を意識しながら飲み込む。それだけで気持ちが晴れた。心得たように、侍女がお茶を用意する。あたたかな飲み物を入れたカップを両手で包むだけで、ほっとした。
「ありがとう、おばあ様」
「どういたしまして。こういうのを年の功と呼ぶのかしら?」
ソフィーも事情を聞いて心配している頃だった。あの子は愚かではない。無理にこちらへ向かう愚は犯さないだろう。その分だけヤキモキして、憔悴するタイプだ。
「エッカルトに頼んで、宿へ戻る手配をしましょう」
「そうね……いえ、もし可能なら……ソフィーお姉様にこちらへ来ていただいたら? この別邸にも部屋があるんですもの」
それがいいと二人で微笑み合い、結論を記した紙をエッカルトへ送る。妻と孫からのメモを手に、大急ぎでエッカルトが戻ってくるのは、お茶の湯気が消える前だった。




