183.殿方は血生臭いこと
アウグストが門に向かうと、シェンデル公爵家の紋章が入った馬車が止まっていた。すでに罪人は地下室に捕らえているが、エッカルトが杖を振って騒いでいる。
「わしが自ら取り調べてやる、腕の一本や二本落としても死なん」
とんでもない発言に、アウグストは笑い出した。止めてくれると思ったアウグストの反応に、周囲の騎士に緊張が走る。拷問と尋問は紙一重だが、情報を聞き出すための手段だ。それが、ただ八つ当たりして鬱憤を晴らす行為に成り下がってしまう。
腹を抱えて笑ったアウグストは、まだくつくつと喉を鳴らしながらエッカルトの肩を叩いた。
「エッカルト殿が自ら手を下せば、奴らの栄誉になりますぞ? それに腕を簡単に落とすのはもったいない。神経が集中する指先から、少しずつ痛めていくのが技です」
公爵以上に頭のいかれた発言をするアウグストに、騎士達は顔を引きつらせた。間違っていないのに、なぜこんな物騒な話になってしまうのか。無言で見つめるエッカルトに、クラーラが声をかけた。
「あなた、血生臭い格好で帰ってきたら、リルには会えませんよ」
もっともな理由をつけ、尋問から引き離した。この辺りは長く夫婦でいたクラーラの勝ちだ。エッカルトも素直に引き下がった。せっかく助かった孫娘に会えないのは困る。
「わかった。クラーラが言うなら……我慢しよう」
そこは我慢ではなく、任せるでは? 突っ込みたくなるのを堪える騎士が敬礼する。罪人を放り込んだ地下室へ向かった。これから専門機関がある衛兵の本部へ運ぶのだ。貴族の屋敷には地下室も罪人牢もあるが、さすがに拷問器具は揃っていない。
拘束された五人の誘拐犯達は、裏口から引き立てられた。逃走防止のために両手を拘束し、全員の足を折っている。その状態で荷馬車に放り込み、全員を馬車に繋いだ。がたごと揺れる荷馬車が遠ざかるのを睨んでいたエッカルトだが、すぐに屋敷のほうへ視線を戻す。
「リルはどうしておる? ケガはないか、どこぞ痛いと泣いていなかったか?」
「あの子は天使ですもの、きっと女神様がお守りくださったわ」
エッカルトが杖を振りながら、元気に大股で屋敷へ向かう。クラーラは「あらあら」と首を横に振って後ろに続いた。
「あなた、私のエスコートはバーレ侯爵でよろしいのね?」
「ならん!」
もうすぐ玄関扉に手が届く位置まで来ていたエッカルトは、慌てて引き返した。軽く腰を折り、妻に手を差し伸べる。以前痛めた腰は、完治と言っていいだろう。そんな夫へ手を預け、クラーラは微笑んだ。
彼女の歩幅に合わせて歩く間に、別邸の使用人が出迎えの支度を整える。シェンデル公爵家の品格を保っているのは、公爵夫人であるクラーラのようだ。肩を竦めたアウグストも後に続いた。




