157.隠され騙され、庇いきれない
「あなた、大変よ!」
ドナート伯爵夫人が夫に泣きついた。シェンデル公爵夫人がお茶会を行うのに、我が家は招待されていない。そう訴えた。先日のトラブルは小さく、こちらが悪くないのに一方的に文句を言われた、と伝えている。夫は真偽を確認せず、妻を信じた。
娘も「お友達は呼ばれたのに」と俯く。ドナート家は伯爵位だが、相手が筆頭公爵家であってもここまで侮辱される謂れはない。そう考え、事情を確認する手紙を出した。
シェンデル公爵夫妻が隣国の公女殿下とともに滞在する宿は、街でも指折りの高級宿だ。そこの最上階フロアを貸し切っての滞在であったため、貴族は全員宿の名を知っていた。
手紙を侍従に直接届けさせたドナート伯爵は、書類仕事を片付けながら返事を待った。返信があったのは夜になってからだ。半日ほどで返信があったのだから、早いほうだろう。急かすこともできない立場の差を理解する伯爵は、気を悪くした様子もなく開封した。
公爵夫人クラーラの名で返信された内容に、伯爵は絶句した。オルフ侯爵が先日、宿の前で騒動を起こしたのは聞いている。付き合いのある家なので、何があったのかと心配していたが。まさか妻子も関わっていたとは!
呼び出した妻は、執務室へ不機嫌な顔で入ってきた。夜中に執務室へ呼び出されたことへ、不満しか持っていない。伯爵が手紙の内容を読み上げ、説明を求めると……伯爵夫人は大袈裟に泣いて訴えた。
「少し厳しい言葉がありましたが、私達に侮辱の意図はなかったのです。なのに、大袈裟に騒いで。そのせいで店も出入り禁止になったのですよ? ほかにもいくつかの店に付き合いを断られ……」
「は? そんな話は知らんぞ! なぜ隠していた!!」
貴族と商人なら、当然貴族のほうが立場は強い。命じる権利もあった。だが相手が「出入り禁止」や「取引の中止」を口にするのは、よほどの理由がある。またはドナート伯爵家より上の貴族に保証された場合も含まれた。
話が一気に大きくなる。もしシェンデル公爵家が後ろ盾となり、ドナート伯爵家を切り捨てたなら……孫娘であるガブリエル公女殿下の後援があったなら。
家の滅亡が危惧される事態だった。すぐに謝りに行きたいが、もう夜中だ。それを見越して、夜に返事を寄越したのだろう。お茶会まであと二日、もう時間がなかった。その場に妻子がいなければ、ドナート伯爵家を見限る貴族や商人が増える。
噂は流れてしまえば、勝手に成長して膨らむ。後から訂正を流したとしても、最初のインパクトが大きいほど訂正は霞んだ。がくりと椅子に崩れ落ちた夫に、妻は首を傾げた。まったく理解していない妻に、伯爵が取れる手段は限られており……その一つを静かに告げる。
「離縁しよう……庇いきれない」




