2.喧嘩と慰め
メリーナが気を利かせて持ってきてくれた紅茶を飲みながら話を聞こうとする。
しかし、ミモザは泣くばかりで、何を聞いても答えない。
ぽたぽたとティーカップの中に涙が沈んでいく。
せっかくの紅茶がしょっぱくなってしまう。
メリーナもそのことに気づいたようで、さり気なくティーカップを交換してくれた。
ミモザは交換されたティーカップの中身をじっと見つめた。
ずっと泣き続けてきたのだろう。
ミモザの目の周りは腫れぼったくなり、二重だった瞼は一重になっている。
嗚呼、美少女が勿体ない。
「さあ、まずはお茶を飲んでください。ミラのおすすめの紅茶の葉なんです」
俺はしょっぱくなる前にと紅茶を勧めた。
ミモザは何も言わずに頷いてティーカップに手を添える。
そして、ティーカップの中身を一気に飲み干した。
いい飲みっぷりだ。
ミモザはほっとため息を吐いてから、手の甲で涙を乱暴に拭った。
ハンカチくらい貸すぞ?
そう思っていると、ミモザはハンカチを取り出し、ぶびっと音を立てて洟をかんだ。
おい、美少女。
もう少し美少女らしくしろよ。
「落ち着きました?」
「ええ」
「あの、何かありましたか?」
ミモザは俺の顔を見る。
見る見るうちに目の淵に涙が溜まっていく。
あ、また泣く。
「お兄様と喧嘩しました」
瞬きとともに音もなく、涙が零れた。
どうしよう。泣いてる。
最近、泣かれまくっているから、そろそろ慣れてもいいとは思うのだけど、やっぱり泣かれるのは心臓に悪い。
慰めるか?
いや、今の段階では、リゲルが悪いのか、ミモザが悪いのか、判断がつきかねるし、何が原因かも分からないのだから話しかけようもない。
下手になにか話すよりはとぐっと堪えて、ミモザの言葉を待った。
「お兄様ったら酷いの。急に熱を測れとか、病院に行けとか。何処も悪くないと言っているのに聞かなくて」
俺は先程の手紙の内容を思い出した。
そう言えば、ミモザが病気なんじゃないかと心配していたんだよな。
「あの……ミモザ様、きっとお兄様は悪気はないんだと思いますよ?」
「いいえ、なくても酷いの。私の言葉をまるで聞かないのよ。私はお兄様のお人形じゃない!」
「いえ、本当に心配をしているんだと思いますけど……」
「お姉様も……私のことを虐めるの?」
ミモザはハンカチで顔の下半分を隠しながら、首を傾げる。
瞼は一重で普段とは違っているが、涙で潤んだ瞳はとても綺麗な緑をしていた。
その緑が不安げに俺を覗く。
俺は思わず唾を飲み込む。
嗚呼、もう、可愛いです。
好みの顔とは違うけど、なんて言うか、もう抱きしめてあげたい。
庇護欲が掻き立てられる。
いや、でも、それは下心丸出し過ぎて、リゲルに悪いし、そもそも、俺はご令嬢ですから!
そう、少なくとも俺のアルキオーネはそういう弱味に漬け込んだりしないから!
今は、絶対に抱きしめたりしたらダメだ!
俺はぐっと堪える。
危ない、危ない。
メリーナの前でそういう下心全開は非常に不味い。
勘違いされる。
俺の本命はメリーナ、もしくはアルキオーネだ。
俺は頭を振った。
「いじめません。お兄様もきっと一緒のはずですよ」
「でも!」
ミモザが叫ぶ。
それを遮るようにメリーナがミモザと俺のティーカップに紅茶を注いだ。
ふわりと紅茶の香りが鼻を擽る。
ミモザは黙り込んで紅茶を口に運んだ。
「差し出がましいとは思いますが、ミモザ様、良かったら紅茶と一緒にクッキーもどうぞ」
メリーナはさっとクッキーを勧める。
赤いジャムの乗った甘いクッキーだ。
メリーナは唇に指を押し当てて悪戯っぽく笑う。
ミモザは戸惑うようにクッキーを手に取る。
宝石のように中心のジャムがキラキラと輝いた。
ミモザはクッキーを口に入れ、ゆっくりと噛みしめた。
「お花!」
ミモザは驚いたように目を開く。
お花?
そういえば、先日、庭師に貰った花で、バシリオスとジャムを作った。
確か、赤いバラのジャムだった。
俺はクッキーを手に取る。
口に放り込むと、薔薇の香りが鼻から抜けた。
やっぱり、俺の作ったものだ。
「お嬢様が作ったジャムなんですよ」
メリーナはまるで自分の作ったもののように自慢げに言う。
「すごい!」
「じゃあ作ってみますか?」
「え?」
俺の言葉にミモザはびっくりしたような顔をする。
なんで驚く。
「だって泊っていくんでしょう? 明日、一緒に作りましょうよ」
そう言いながら、俺はもう一枚、クッキーを齧った。
「そう、そうだけど……」
「だけど? 何か不都合でも?」
「いえ、私の方はちゃんとお母様に泊ってくるって言ったから大丈夫だと思うけど……」
「メリーナ、うちも不都合はないですよね?」
「ええ、お嬢様。お泊りになると仰っていたので既にお部屋もご用意させていただいております」
メリーナは微笑んだ。
流石、俺のメイドさんは仕事が早い。
「というわけなので、泊っていきましょう?」
せっかく来てくれたんだ。
まあ、たまにはこんなことがあってもいいだろう。
ちょうど俺も退屈していたし。
ミモザは戸惑うような表情で俺とクッキーを交互に見つめた。
「それに、何か贈り物でもあった方が仲直りしやすいでしょう? うちに泊って、明日ジャムを作っていったらいいんです」
俺はダメ押しするようにそう言ってやった。
「でも、私、本当に怒っていて……」
「そうそう、だから泊るんですよ。ちょっとだけお兄様を困らせてやりましょう? 帰ってこなかったら、きっとリゲルは動揺しますよ」
俺は悪戯っぽく笑う。
「それもそうね」
ミモザは少し考えていたようだが、納得したように頷く。
よしよし、上手くいったぞ。
俺は心の中でほくそ笑む。
でも、このままだと、また同じことが起きるよな。
今後、こんな感じで駆けこまれても困る。
リゲルの方は俺が上手いこと言っておこう。
俺は十六年間兄貴をやってきたからな。
リゲルの力にもなれるはずだ。
まあ、多少リゲルにも反省してもらわなければいけないし、今日のお泊りは決定だな。
ミモザも、リゲルも、時間を置いて落ち着いて考えられるようになれば、仲直りなんてすぐだ。
俺は微笑む。
「リゲルをちょっと困らせてミモザ様が満足したら、仲直りすればいいんです。なんだかんだ、兄というものは妹に弱いんですから」
「それは、アルキオーネ様も?」
どういう意味だ?
俺には妹なんていないのに。
嗚呼、そうか。
もしも妹がいると仮定して、弱いかどうか聞いているんだな。
俺はそう納得した。
勿論、前世は自他ともに認めるシスコンだ。
妹がいたら滅茶苦茶可愛がるはずだし、人様に迷惑を掛けない我儘なら許すだろう。
「そうですね。きっとそうだと思いますよ?」
そう言った途端、何となく、メリーナの顔が一瞬曇った気がした。
何だか地雷でも踏んでしまったか?
もしかして、メリーナは姉妹の仲が悪いとかじゃないだろうな。
そう思ったが、よく見るとメリーナの表情は笑顔だった。
確証もないし、もしかしたら見間違いかもしれない。
勘違いと言うことにしておこう。
「そう。なら、やっぱり今日はよろしくお願いします」
ミモザは改まって頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いしますね」
さあ、楽しいお泊りの始まりだ。
俺はワクワクしながらミモザに向かって微笑んだ。




