表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/36

第3話 偽物の暗黒神信者

 死闘を終えたシオンは、生贄とされた童女の方に目を向けた。その安否を確認しようと思ったのだ。

 童女が2度目に刺された後、情勢は緊迫し童女の回復を図る事も、様子を確認することすらも出来ていなかった。


 シオンが童女の方を見ると、童女が置かれた台の近くに灰色のローブに身を包んだ同行者が立っていた。

 シオンらが戦っているうちに、手すきになった同行者は台に近寄り先に状況を確認していたのである。


「この娘もまだ生きている。回復も間に合った。まあ、良かったな」


 同行者は、シオンに向かってしわがれた声でそう告げる。

 彼女は既に魔法の回復薬を振りかけて、童女を癒していた。


「そうですか。本当に良かった」


 シオンはそう告げながら、台の近くに歩み寄り、改めて同行者に声をかける。


「ありがとうございました。治療師さん。お陰で助かりました。その子の事も本当に感謝します」


「そうだな。で、どうだ? 私が同行していてよかっただろう? そなたらは、随分と自分達を過信していたが、私の見立ての方が正しかったな」


 治療師と呼ばれた女はそう返した。

 彼女は、シオンたちにこのアジトの事を伝えた情報提供者だ。

 旅の治療師と名乗り、犯人のアジトに心当たりがあると言って、誘拐犯について調査しているシオンたちに接触して来たのである。


 そして“治療師”は、アジトへ乗り込むシオン達に同行する事を望んだ。シオン達は当初その申出を拒んだ。足手まといになる事を危惧したからだ。

 しかし、“治療師”は、何かあっても自分を助けて貰う必要はない。逆に霊薬などで多少の手伝いが出来る。と主張して、是非にと望んだ。


 結局、シオンらは断りきれずに同行を認めたのだが、思っていた以上に助けられる事になってしまった。


「ええ、おっしゃるとおりです。本当に助かりました。ありがとうございます」


 シオンは“治療師”の言葉を事実と認めて、改めて感謝の意を告げた。

 そして、つい厳しい視線を軽装の男に向けてしまう。

 このように苦戦し、“治療師”の助けを必要とすることになったのは、軽装の男がシオンの命令を無視し、しかもその直後に怖気づいて動けなくなってしまっていたからだ。


 その軽装の男は、シオンの視線に気づかず、女神聖術師に何やら話しかけている。自身の行動について気にしている様子は見受けられない。

 シオンはため息を漏らして小さく首を振った。


 それから、気を取り直して、改めてまだ意識を取り戻さない童女に視線を向ける。

 そして、思わずつぶやいた。


「しかし、こんな幼い子を生贄にするなど、暗黒神信者という連中は、全くもって度し難い……」


 シオンは、童女が横たわる台の奥に置かれた像が、暗黒神アーリファの神像である事に気付いていた。そして、アーリファに贄を捧げるという言葉も聞こえていたのだ。即ち、ここで行われようとしていたのは、暗黒神アーリファへ生贄を捧げる儀式だったに違いない。

 シオンはそう判断していたのである。

 

「偽者の、暗黒神信者だがな」


 だが“治療師”がそんな言葉を告げた。その語気はやや荒くなっている。

 シオンが問い返す。


「偽者? そうなのですか?」

「そうとも。当然だろう。本来暗黒神アーリファは生贄など求めない。生贄を求めるなら、それは暗黒神アーリファではないし、それを信じている者も、暗黒神信者ではない。そう思い込んでいる愚物というだけのこと。

 まして、生贄を対価に加護を求めるとは、愚の骨頂だ。そもそも、暗黒神に限らず、今や神々には直接的に現世に影響を及ぼし、信者に加護を授ける事など出来ないのだからな。そなた、まさか神話を知らぬのか? 思いの他ものを知らぬ男だな」


 “治療師”の言葉には明らかに険がある。何か、よほど気に触る事があったようだ。

 “治療師”のこの発言を受け、シオンも機嫌を悪くし、思わず言い返してしまった。苦戦を強いられ、彼も平静ではなかったのである。


「神話は知っていますが、その全てを信じているわけではないので。ところで、そう言う治療師さんは、随分暗黒神信仰に詳しいようですね。その治療師さんが見る限りでは、この信仰の形は異端だと」


「……」


 沈黙する“治療師”に向かってシオンは更に言葉を重ねた。


「ところで、こんな言葉を聞いた事があります『異神よりも、異端なお憎し』と、異端的な信仰というものは、許し難いものなのでしょうね。少なくとも、自分こそが正統と信じる者にとっては」


「そうかも知れぬな」


 “治療師”は短くそう応えた。その口調からは、もはや敵意さえ感じられる。

 “治療師”の言葉を聞き、シオンは、直前の自分の発言に対して、今更ながら後悔した。


(やってしまった。これは俺の間違いだ。少し嫌味を言われた程度で、協力者で恩人でもある相手に、嫌味を言い返すとは、浅はかな事をしてしまった……。

 そのせいで、随分険悪な雰囲気になってしまった。もう少し聞きたいこともあったが、今は無理だな。もうこの会話は切り上げよう)


 そう考えて、改めて“治療師”に話しかける。


「すみません。変な事を言ってしまいました。お許しください」


 そして、深く頭を下げた。


「別に気になどしていない」


 その口調を聞く限りでは、“治療師”も少しは気を取り直しているようだ。即座の謝罪に多少の効果はあったのだろう。

 頭を戻したシオンは、続けて“治療師”に告げた。


「ありがとうございます。それで、申し訳ないですが、その子の様子を見てもらっていてよいですか? 私はあの男の事を調べていますので」

「ああ、構わない」


 “治療師”の返答を受け、シオンは自分が打ち倒した敵の下に向かう。

 実際犯人の身元を確認するのも重要だ。シオンはこの誘拐事件の犯人の正体をまだ知らないのだから。

 シオンたちは、何者かによる誘拐であったという事と、犯人のアジトを知った時点で、被害者を助けることが最優先と考えて、直ぐに突入していたのである。


 倒れた敵の周りには、既にシオンの仲間たちが集まっていた。重傷だった重装備の戦士の傷も粗方治っているようだ。

 仲間たちが見守る中、シオンは代表して男のフードをめくった。


「こいつは……」


 そして思わずそう呟く。顕になったのは、30歳代後半に見える平凡な印象の顔だった。シオンはその顔を知っていた。


「トマーシュ。なんで、こいつが……」


 それは、現在の王都で急激に名を上げている男だった。

 5ヵ月ほど前に王都にやって来て、魔物に襲われていた伯爵令嬢を助け、戦神トゥーゲルの神殿が主催する剣闘技大会で優勝し、一躍時の人となっていたのである。


 だが、それ以上にシオン達にも関わりがある者だ。

 トマーシュという名のこの男は、王都にやって来たとき娘を連れていた。そして、その娘がつい最近行方不明になっていたのである。

 つまり、シオン達が解決を請け負った連続少女行方不明事件の被害者の家族という立場だったのだ。

 

「……自分の娘も被害にあった事にして、容疑から逃れるつもりだったのか?」


 シオンがそんな推測を述べる。

 しかし、“治療師”が否定の言葉を発した。


「どうやら、そういう事ではないようだぞ」


 シオンが“治療師”の方を向くと、意識を取り戻した童女が上半身を起していた。手を縛っていた縄目も解かれている。

 そして、涙を流しながら、その小さな手を倒れている男の方に向けて、呟いた。


「お父さん、どうして、私を、殺すの?」


「ッ! こいつ、自分の娘を……!」


 シオンは衝撃を受け、絶句した。仲間達も皆、驚き言葉を失う。


 しばらくして、魔術師の男が口を開いた。


「……ともかく、この場に官憲を呼びましょう。相手が有名人となると、捜査も慎重になります。早いうちに、状況を出来るだけ詳しく知ってもらったほうがいい。動機とか、そういったことも捜査の中で明らかになるでしょう」


 シオンたちに事件解決を依頼したのは王都の官憲だ。なので、官憲に連絡する事は、犯罪行為の発見を伝えるのと共に、依頼達成の連絡でもある。その意味でも、確かに出来るだけ早く官憲を呼ぶべきだ。

 ちなみに、官憲が捜査協力者という形で冒険者を雇うのは、この国では珍しいことではない。


「そうだな。すまないが、詰所まで走ってくれ」


 シオンも直ぐに状況を理解して、そう指示を出した。


「分かりました」


 そう告げて、魔術師は直ぐにこの場を去る。 

 シオンは弓使いにも告げた。


「店主にも連絡をしてくれ、依頼は、一応は成功した。と」

「分った」


 弓使いもその言葉に従って走り去る。

 店主というのは、シオンたちが属する冒険者の店の店主の事だ。

 冒険者の店への報告も早いに越した事はない。

 そこで、女神聖術師が発言した。


「私は光明神ハイファ様の神殿に、このことを連絡します。暗黒神の信徒が犯罪行為をなしたなら、教団も無視できませんから」


 彼女は神聖術師というだけではなく、神殿から正式な神官位も得ていた。神官としてこの事態は無視出来ない。


「そうか、分った。連絡しておいてくれ」


「はい」


 女神官はそう応えると、その場を離れた。


 去り行く女神官の後姿を見ながら、“治療師”は誰にも聞かれない小さな声で呟く。


「偽者の、暗黒神信徒だがな……」


 そして、それから、周りの様子を注意深く見まわし始めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ