第2話 生贄の儀式②
後方にいた3人のうち、女神聖術師と弓使いは近接戦闘もそれなりにこなす。だが、前衛ほどに秀でてはいない。
オルトロスとヘルハウンドあわせて5体は、手に余る相手だ。
魔術師にいたっては、近接戦闘の術を持たなかった。
(助けなければ)
即座にそう判断したシオンが、軽装の戦士に指示を飛ばす。
「アクセル、後方を援護――」
しかし、シオンは言葉を途切れさせた。軽装の男は、しゃがみこんで傷ついた首を押さえ、そして震えていた。
このままでは使い物にならない。そう判断せざるを得ない。
シオンは、軽装の男を見限り、他の戦力を用意しようかと考えた。だが、この後の展開を予想し、やはり軽装の男を回復させる事を決める。
「コンラド、前の敵を頼む」
まずは、重装の戦士にそう告げる。フードの男に1人で対抗しろという指示だった。
「おおッ! 任せろ!」
重装の戦士はそう声を上げて、シオンの指示に従う。
明らかな格上の敵に対して、1対1で対抗する危険な役目を即座に受け入れたのだ。
そしてシオンは、軽装の男に対して魔法を使った。
「安らぎをもたらす闇の精霊オーレ・ルゲイエよ、その者の心に平静を」
自然の恵みを司る精霊と契約する事によって行使可能となる精霊魔法だ。
シオンは卓越した戦士であると共に精霊術師でもあった。
軽装の男はシオンの魔法によって冷静さを取り戻す。
「後方を援護だ!」
シオンが再び指示を出した。
「わ、分かった」
軽装の男は今度こそ指示に従う。
だがその間に情勢は悪化していた。
女神聖術師と弓使いだけでは5体の魔物を押さえ切れず、ヘルハウンド1体が魔術師に向かってしまっていたのだ。
魔術師は、既にマナを使い果たしておりもはや魔術を使えない。そして、直接戦う術を持たない。それでも、臆せずに杖を手に構えた。
「来い!」
そう叫んで、果敢にもヘルハウンドに立ち向かう。
だが、気迫や気力でどうにかなるものではない。ヘルハウンドは魔術師の杖を潜り抜け、噛みついた。このままでは、魔術師は噛み殺されてしまう。
シオンは、軽装の男と共に自らも後方へ向かった。重装備の男に無理をさせることになるが、後方の安全確保を優先したのだ。
まず、軽装の男が、女神聖術師と戦っているオストロスとヘルハウンド1体のうちヘルハウンドの方に切りつける。
シオンは、魔術師に組み付いていたヘルハウンドに切りかかる。魔術師はまだ死んではない。どうにか間に合った。
だだ、事態は深刻だ。
(回復が間に合わない)
シオンはそのことが分ってしまった。
魔術師は既に大怪我を負っている。
格上と1人で戦っている重装戦士も浅くない傷を負っており、更に敵の攻撃は続く。
女神聖術師と弓使いも無傷ではない。特にヘルハウンドの炎による攻撃は広範囲に及び、複数の者にダメージを与える。
女神聖術師はオストロスと戦いながらも回復魔法を使っているし、シオン自身も光の精霊を使った癒しの魔法を魔術師に対して行使した。だが、それでもまだ足りない。
弓使いと軽装の男も、魔法の回復薬を携帯しているが、劇的な効果を持つほどのものではないし、己自身の傷を癒すのにやっとだ。
ヘルハウンド達が、炎を吐く準備動作に入った。
その炎は、未だ回復しきっていない魔術師にも届き、致命傷を与える事だろう。
(まずい!)
シオンにもその事は理解出来た。だが、防ぐ術がない。
と、その時、3cmほどの球状の物体が、後方から魔術師に向かって飛んで来た。
それは、魔術師に当たると、直ぐに割れ、輝く粉となって魔術師の身体を覆い、瞬時にその傷を癒す。
それは、霊薬球と呼ばれるものだ。離れた場所からでも、投げて効果を発揮する事が出来る霊薬である。
直後に、ヘルハウンドらが炎を吐く。炎は予想通り魔術師にも届いた。だが、十分に回復していたおかげで致命傷にはなっていない。
そこに、もう一度霊薬球が飛んで来て、更に魔術師の傷を癒す。
そして後方から、しわがれた女の声が聞こえた。
「回復の役にくらいは立とう」
そう告げたのは、灰色のローブを着てフードを深く被り人相を隠した人物だった。シオンたち一行に同行していた者だ。
「助かります」
シオンはそう返す。
実際、この加勢によって情勢が変わった。
回復役から解放された弓使いとシオンが、ヘルハウンドを攻撃する事が可能になったのだ。
シオンは、まず魔術師を襲っていたヘルハウンドを速やかに倒し、次いで弓使いに襲い掛かる2体のヘルハウンドのうち、弓矢により負傷していた1体を攻撃してこれも倒した。
これで後方の情勢は、弓使いと軽装の男がそれぞれヘルハウンド1体と戦い、女神聖術師がオストロスと戦い、魔術師の近くには敵はいない。という形になった。
シオンはオストロス相手に苦戦している女神聖術師に声をかける。
「行けるな、クリスタ」
「はい、大丈夫です」
女神聖術師は力強く応えた。
「任せる」
シオンはそう告げて、重装備の戦士の方へと向かう。
先ほどから格上の強敵と1人で戦っていた重装備の戦士は、既に限界に近づいていた。
「代わる、コンラド。後は任せろ!」
そう言って、重装備の戦士と敵の間に割って入る。
限界近くまで踏ん張っていた重装備の戦士は、その場に崩れ落ちるように倒れた。
結果、今度はシオンが1人で敵に立ち向かう事になった。
敵はシオンよりも格上だ。だが、臆せず戦う。
敵も、最初に3対1で戦っていた時に相当の傷を負っている。しかも、それは回復していない。敵には傷を回復する術がないということだ。
「神よ、シオンの傷を癒したまえ」
後方から女神聖術師の声が聞こえる。オストロスと戦いながら、シオンに回復魔法をかけたのだ。今までも適時に回復魔法を使っていた事もあり、これでシオンの傷は全て回復した。
(これなら、勝ち目はある)
そう判断して、果敢に敵に挑む。
凄惨な一騎打ちとなった。
敵の短剣と、シオンのバスタード・ソードが、幾度も目まぐるしく交錯する。
攻撃があたる頻度は短剣の方が多い。やはり技量は敵が勝っている。
しかし、シオンは諦めず、隙を狙う。
その時、風切り音が響いた。
目前のヘルハウンドを倒した弓使いが矢を放ったのだ。
敵はそれを短剣で切り払う。
(今だ!)
シオンはそこに隙を見出した。
バスタード・ソードが右から左へ振るわれる。その切先は、敵の首筋を深く切り裂いた。
「グッ、ホォ」
そんな音を立て、大量の血を噴出しながら、敵はついに倒れた。
その直後に、オストロスも倒れた。
ヘルハウンドを倒した軽装の男もオストロス攻撃に加わっており、女神聖術師と2人でこれを打ち倒したのである。
戦いは、シオン率いる冒険者たちの勝利で終わった。




