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第1話 生贄の儀式①

 そこは薄暗い部屋だった。

 相当な広さがあるにもかかわらず、光源は一本の燭台に立つ蝋燭のみ。

 燭台の近くに石で作られた大きな台があり、その上に幼い娘が仰向けに横たえられている。年の頃は5歳前後だろう。金髪を長く伸ばした可愛らしい娘だ。


 だが、その瞳は焦点を結んでおらず朦朧としている。薬でも盛られているようだ。そして、両手が体の後ろで縛られていた。およそ尋常な状況ではない。


 更に剣呑な事に、その台の直ぐ近くに怪しい風体の男が立っていた。漆黒のローブに身を包み、右手には抜身の短剣が握られている。フードを深く被っているため顔は良く見えない。

 そして、台を挟んだ男の反対側には、高い台座があり、その上に1mほどの大きさの像が置かれていた。両目を閉じ、右手の人差し指で上を指さしている男性像だ。


 ローブ姿の男は、その像を見上げながら2度3度と大きな呼吸を繰り返していた。そして、一際大きく息を吸ってから声を上げた。


「偉大なる暗黒神アーリファよ。この尊き娘を御前に捧げん、我に力を与え給え」


 そして、短剣を手にした右手を大きく上げる。

 生贄の儀式が敢行されようとしていた。


 短剣が台の上の童女に向かって振り下ろされようとした、正にその時、童女が口が開き言葉を紡いだ。


「お父さん……」


 ローブ姿の男の右手が止まり、震える。


 と、次の瞬間、男の背後から、バタンッという音が聞こえた。乱暴に扉が開かれた音だ。直後に風切り音が響く。

 男が振りかえると、男の左肩に一本の矢が突き刺さった。何者かが男を狙って矢を放っていたのだ。


「ぐッ」


 男が思わず呻く。


「そこまでだ!」


 そんな声と共に、開かれた扉から一人の男が踏み込んで来た。

 年の頃は20歳代中頃。黒髪に中性的な印象を与える美しい顔立ち。魔法を帯びた皮鎧を身につけ、これも魔法が込められたバスタード・ソードを両手で握っている。


 踏み込んで来た男の名はシオン。

 連続少女行方不明事件の解決を請け負った冒険者パーティのリーダーだ。

 行方不明になった少女達が、誘拐されていた事を突き止め、更に犯人のアジトを特定して、今正に突入して来たのである。


 シオンはすんでのところで間に合ったと考えた。

 少なくとも1人の娘の命を助けることは出来た。と。

 しかし、そう考えるのは早すぎた。


 ローブ姿の男はシオンに背を向け、短剣で童女を狙った。

 敵を迎え打つ事よりも、生贄の儀式を完遂する方が重要だと考えたのだ。


「止めろッ!」


 シオンが叫ぶ。しかし、短剣は振り下ろされ無残にも童女の腹部を貫いた。


「あッ」


 童女がそんな声をあげる。


 直後に、駆け寄ったシオンがバスタード・ソードでローブ姿の男を切りつける。達人の技といえる見事な一撃だった。

 しかし、ローブ姿の男はそれを軽く避ける。超人的な身のこなしだ。


 その頃には、シオンの仲間たちも次々と部屋に入って来ていた。


 その中の一人、杖を持った魔術師が“光明”の魔術を使い部屋を明るくする。

 魔術師の少し前に、金属鎧を身につけた金髪の女が立つ。盾とメイスを手にしており首からは光明神ハイファの聖印を下げていた。


「神よ! 癒しの力を」


 女がそう唱えると、台の上の童女の傷が治り始める。女は神聖魔法を扱う事が出来る神聖術師なのだ。そして幸いなことに童女はまだ死んでいなかった。


 魔術師の後ろには弓を構えた男がいた。

 弓使いの男は、周りを警戒しつつも、ローブ姿の男へ向かって矢を放つ。

 シオンと至近距離で戦っている状態なのにもかかわらず、的確にローブ姿の男を狙う絶妙な射撃だ。


 そして、重装備の戦士と、軽装の戦士が、シオンに続いてローブ姿の男に肉薄し攻撃する。

 都合6人の冒険者パーティによる攻撃だった。


 しかし、ローブ姿の男は、矢の一撃を短剣で切り払い、2人の戦士の攻撃も、再度繰り出られたシオンの攻撃すらも避ける。


 シオンが仲間たちへ告げる。

「囲んで戦う。魔法は援護優先。長期戦を覚悟しろ!」

 敵を強敵と認めての指示だ。


 仲間たちは、速やかにその指示に従った。

 重装備の戦士が出来る限り味方を庇うように動く。軽装の戦士は敵の気を引くように攻撃を繰り出す。

 そして、敵の体勢が崩れたところに、3人の中で最も優れた戦士であるシオンが攻撃する。

 この連携によって、3人の戦士達は、超人的な強者である敵と互角に切り結んだ。


 魔術師が3人を補助する魔法をかけ、弓使いは乱戦の隙をついて的確に矢を放つ。

 そして、傷ついた者を女神聖術師が癒す。敵が威力に劣る短剣を使っている事もあり、回復が間に合わないということもなかった。


 形勢はシオン達有利に傾いている。

 シオンには、生贄とされた童女を守るために、敵が童女が横たわる台から離れるように立ち回る余裕すらあった。

 童女の安全もとりあえず確保され、勝利は時間の問題。そのように思われる情勢の中、敵が大きく体勢を崩した。


「もらったッ!」


 軽装の戦士が、そう叫びながら深く踏み込む。


「待て!」


 シオンが制止の声を上げた。彼には、敵の動きが誘いだと分っていた。

 軽装の戦士は止まらない。そのまま渾身の力を込めて攻撃を放つ。

 だが、その一撃は空を切った。

 シオンが察したとおり、敵の誘いだったのだ。


 体勢を崩した軽装の戦士の首筋を、狙い済ました敵の短剣が切り裂く。

 血が噴出す。しかし、まだ致命傷ではない。

 敵は、裂帛の気迫を込めて追撃を放とうとする。


「ひぇ!」


 軽装の戦士は悲鳴を上げた。受けたダメージ以上に、フードの奥から発せられる殺気に気圧されたのだ。恐怖に身を縮ませてしまい、まともに回避が出来ない。

 留めの一撃が迫る。


 が、敵の攻撃は軽装の戦士に届かなかった。

 シオンのバスタード・ソードが素早く割り込んで、敵の短剣を止めていた。


「やらせん」


 シオンはそう告げて、敵と軽装の戦士の間に入り込む。


 だが、敵の動きはシオンの予想とは違うものだった。

 素早く身を翻し、シオンが軽装の戦士の前に動いた事で生じた間隙を縫って、台へと向かう。

 敵の目的は、あくまでも生贄の儀式を完遂することだ。

 重装備の戦士は、咄嗟に敵の動きに対応できない。


「くそっ!」


 思わず悪態を吐きながら、シオンが敵を追う。が、間に合わなかった。

 短剣が、今度は童女の胸に突き刺さった。

 既に気を失っていた童女の身体が、ビクッと震えた。


 シオンが背後から攻撃する。

 その一撃は敵を捕らえた。だが、致命傷ではない。

 敵は健在であり、そして、呪文を唱える。


「猟犬達よ、我が召喚に応じよ!」


 空間に歪みが生じ、多数の魔物が虚空より姿を現す。

 炎を吐く異界の猟犬ヘルハウンドが4体。そして、ヘルハウンドよりも一回り大きく双頭を持つオルトロスが1体。


 召喚された5体の魔物は、戦士たちではなく、後方の者達に襲い掛かった。

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