プロローグ――力を得た男――
男は絶体絶命の危機に瀕していた。
男とその妻は共に引退した冒険者だった。そして、夫婦2人で地滑りが発生した現場を調べている時に、地下に埋もれていた古代魔法帝国の遺跡を発見した。
地滑りによって、扉が露わになっていたのである。周りの土を片付けると扉は簡単に開いた。その先は一本の地下道が真っ直ぐ伸びるだけの単純な作りで、迷宮のような仕掛けはなさそうだ。
中の様子を少し見るくらいは問題ない。2人はそう判断してしまう。そして、一旦家に戻り最低限の準備を整えてから改めて遺跡の中に立ち入った。
しかし、この行いは誤りだった。2人が現役を離れて数年。勘が鈍っていたという他ない。
一本道の先は広間になっていて、その奥の方に1つの魔道具が置かれていた。
男と妻は、それに魔法がかかっている事しか分からなかったのだが、魔法がかかっているなら価値はあるはずだと考え、その魔道具を持って帰ることにした。
ところが、その帰途に凶事が生じた。遺跡から出る少し手前で、突然地下道の床を突き破ってアイアン・ゴーレムが出現。猛然と攻撃して来たのだ。
アイアン・ゴーレムの強さは、男達から見れば圧倒的で、立ち向かおうとした妻は敢え無く叩き殺された。
男は地下道を逆戻りに走って逃げた。だが、アイアン・ゴーレムは男を追い、男は魔道具があった広間で、今まさに、追い詰められてしまったのだ。
(死ねない。こんなところで、死ねない。俺が死んだら、クレアが一人になってしまう。絶対に死ねない)
男は家に残してきた1人娘の事を思った。
既に妻は死んだ。この上自分まで死ねば、娘は孤児になってしまう。娘を一人になどしたくはなかった。
しかし、戦いの技量では男に勝っていた妻を容易く屠ったアイアン・ゴーレムに対して、男が勝てるとは到底思えない。
(死にたくない。死にたくない)
そう考える男に、アイアン・ゴーレムが迫る。
その時、男の脳裏に言葉が響いた。男の意識に直接語りかける者があったのである。
⦅力が欲しいか? 今、生き残るための力が⦆
(な、何だ?)
男は一瞬当惑した。脳裏に直接声が聞こえるなどという初めての感覚を受けたからだ。
しかし、直後に叫ぶ。
「欲しい。生き残るための力が!」
心からの叫びだった。今は色々考えていられる状況ではない。生き残れるならなんにでも縋る。
⦅ならば、我を受け入れよ⦆
「受け入れる! 何でも、受け入れる! だから助けてくれ!!」
⦅よかろう⦆
その声と共に、男は自分の中に何かが入り込んで来るのを感じた。そして、男は力をその身に宿した。
数分後。男は危機を脱していた。それどころか、圧倒的な強さをもってアイアン・ゴーレムを討ち倒していた。
男の前には残骸と化したアイアン・ゴーレムが倒れている。
「は、はは、こ、これが、力。俺の力……。この力があれば、クレアを守れる」
男はそうつぶやく。
この自分が得た力があれば、妻がいなくても、娘を、母を亡くしてしまった娘を守ることが出来る。いや、それどころか、今よりもずっと良い暮らしをさせることが出来る。
この力は、娘の為になるのだ。
この時、男は心からそう信じていた。




