第33話 別離の時
“伝道師”の言う後始末は比較的簡単に済んだ。
まず、アクセルの官憲への引き渡しは、何の問題も生じず、夜の内に速やかに終わった。
シオン達は予めアクセルを告発する準備を整えており、証拠も揃え、一部の官憲とも気脈を通じていたからだ。
そして、アクセルが、意識を取り戻した後も何ら抵抗しなかったからでもある。アクセルは、犯行を否認すらしなかった。その姿は全く気力が失われているように見えた。
まるで、アークデーモンに与えられていた力が失われるのと同時に、何か精神の大事な部分が損なわれてしまったかのようだ。
アークデーモンを封印した紫貝の封具を、賢者の学院に預けるのには少々時間を要した。紫貝の封具と、アークデーモンについて詳細に説明する必要があったからだ。
賢者の学院というのは、大陸全土に広がる魔術師達による教育・研究機関で、古代魔法帝国に由来する特殊な魔道具なども多く保管している。
特に危険な魔道具の類を、最も安全に管理できるのは賢者の学院だ。この為、犯罪に関わるような魔道具も賢者の学院が保管するのが通例となっていた。
この国の賢者の学院は大陸でも有数の規模で、危険な魔道具なども多く保管していた。だが、流石に魂だけのアークデーモンを封じた封印具、などというものを取り扱ったとはなかった。その為、シオン達に詳細な説明を求めたのだ。
シオン達は、アークデーモンを封印した翌早朝に、担当する役人に伴われ、3人連れ立って賢者の学院に行ったのだが、しばらくの間説明の為に留め置かれる事となった。
しかし、詳細な説明は必要だったものの、特に面倒事などは起こらず、説明が終わると、紫貝の封具は賢者の学院が責任もって保管する事となり、シオン達3人は揃って解放された。
そうして、3人が行動を共にする理由は、本当になくなった。
シオンが、まず“伝道師”に向かって告げる。
「ありがとうございました。伝道師さん。あなたのおかげで、事態を解決する事が出来ました。心から感謝します」
「別に感謝の必要はないよ。私も私の目的があって共に行動しただけの事。アーリファを騙るデーモンを、とりあえず片付けられたのは私にとっても大きな成果だった。その為に、そなたの力に助けられた面もある」
「では、お互いに感謝するという事にしましょう」
「ふっ、まあ、そういう事にしておくか。
ところで、精霊剣士殿よ。今後、戦神トゥーゲルの教えを堅苦しく思うようになる事があれば、私のところに来ると良い。正しい道というものを改めて教えてやろう」
「正しき道というのは、要するに本物の暗黒神アーリファの教えの事ですか?」
「そうとも」
伝道師はそう言い切った。もはや、シオンとゼインには、自分が暗黒神の信徒だと思われても構わないと考えているようだ。
シオンは、苦笑しつつ言葉を返す。
「それは、遠慮しておきますよ。それでは、また」
「ああ、機会があればまた会おう」
次にシオンは、ゼインに向かって静かに語り掛けた。
「今回は、お前にも世話になった。色々と本当に助かった。ありがとう。また、機会があったら、酒くらい付き合ってくれると嬉しいが、どうかな」
「馬鹿ぬかせ、俺は手前にパーティを追放されて恨んでいるんだ。手前を見返したいと思っているんだ。慣れあう訳ねぇだろうが」
「そうか。そうだったな……。それじゃあな」
「ああ、あばよ」
互いに静かな口調だったが、それは別離の言葉だった。
今回、親友同士であるシオンとゼインは、互いに力をあわせて戦い、ひとつの冒険を成功させた。しかし、2人の実力に大きな差があることに違いはない。その差は同じパーティの一員として共に戦うのに不都合なほどに大きい。
改めて最強を目指すと心に決めたシオンに、ゼインと同じパーティで戦うつもりはなかった。
ゼインの実力にあわせて、自分にとって得るものがほとんどないぬるい仕事をこなす気はない。かといって、自分の実力にあった仕事にゼインをつき合わせ、足手まといにするつもりも、命の危険に晒すつもりもなかったからだ。
ゼインもその事を理解している。だから、別れは当然の事だった。
もしも、これが運命に導かれた出来事だったならば、冒険の中でゼインが新たな力に目覚めるか、或いは、特殊な技術でも習得して、シオンにとっても益の有る戦い方を見出し、改めてシオンのパーティに参加し、今後は共に戦う事になったことだろう。
それが、美しいあるべき結果というものだ。
だが、残念ながら、今のこの世界に運命はない。ゼインは相変わらずシオンに比べて弱く、だからこそ、シオンとゼインはまたしても別れたのである。
実際、別れの言葉を告げたシオンは、もう一度“伝道師”に向かって「それでは、私はこれで失礼します」と声をかけ、ゼインに背を向けてその場から去った。
シオンは、今の自分の実力に相応しい仲間たちと、再びパーティを組み共に戦うつもりだ。親友であるゼインと別れて。
誠に残念ながら、今のこの世界に運命はない。だから、この様な無情な結果になってしまうのである。
去り行くシオンの背中を、一抹の寂しさを帯びた目で見ていたゼインに、“伝道師”が声をかける。
「これからどうするつもりだ。戦士殿よ」
「俺がやる事は、今までと何も変わらねぇよ。これからも足掻くさ。強くなるために。どんな方法を使ってでもな」
「どんな方法を使ってでも。か。
それにしては、あのアークデーモンの力を得ようとはしなかったな。賢者の学院に預ける前に、紫貝の封具を奪おうとすると思っていたが。それとも、賢者の学院に忍び込んで封具を盗み出す算段でもあるのか?」
ゼインは“伝道師”の方へ顔を向けて答えた。
「あんたは、俺の事を馬鹿にし過ぎだ。確かに、俺は他人に与えられる強さにだって縋るつもりだ。あんたの言葉に従うつもりはない。もしも、誰かが力をくれるというならありがたく貰うよ。
だが、いくら何でも目の前に失敗例があるものに飛びつくつもりはない。
実際、いざという時に使えなくされるようじゃあ、力を貰う意味がないからな」
「そうか。なるほど、確かにそなたの事を侮り過ぎていたようだ。その事は謝ろう。すまなかったな、戦士殿。
では、私も行かせてもらう。留守にしていた間に、あの女童が言いつけを守っていたか気になるからな。ではな、強さを求める戦士殿よ」
「ああ、じゃあな」
そして、“伝道師”もその場を去った。
ひとり残されたゼインは、小さくため息をつく。そして、彼もまた自分が拠点としている宿へと向かって歩き始めたのだった。




