第31話 心を攻める戦い
短期決戦を狙うシオンにとって、ヘルハウンド2体が後方に回ってゼイン達を攻撃したのは僥倖だった。
ヘルハウンド2体なら、しばらくはゼインに任せられる。残りの魔物3体はデュラハンが押しとどめる事に成功した。
つまり、シオン自身は、即座にアクセルだけと戦える。これは、想定よりも有利な状況だ。
シオンは、バスタード・ソードを両手で構え、アクセルに向かって走る。
「死ね!」
そして、そう叫び、実際に強烈な殺気を込めて、バスタード・ソードを袈裟切りに振り下ろす。
が、その一撃は、アクセルのロングソードによって止められる。
アクセルが行使するアークデーモンの技量は、やはりシオンを超えていた。それは、気迫や意思の力ではどうしようもない歴然たる差だ。
その事を改めて確認し、アクセルがにやりと笑う。
アクセルのロングソードがシオンのバスタード・ソードを振り払い、すかさず攻撃に転じる。
その攻撃を、シオンは避けなかった。避けようとする素振りすら全く見せない。
むしろ、アクセルの攻撃に合わせるかのように、自らも攻撃を放つ。
結果、両者の攻撃は、ほぼ同時に相手を捉えた。
「ッ」
アクセルは、絶句した。想定外の事態だったからだ。
アクセルは、自分の攻撃はシオンに当たると思っていた。だがそれは、シオンが避けようとしても防ごうとしても、それでも当てる事が出来ると思ったのであり、シオンが全く防御せずに攻撃して来る事は想定していなかった。
だからこそ、そのシオンの攻撃を避けることが出来なかった。
「くッ!」
そんな声を発しながら、アクセルは大きく後ろへと跳ぶ。想定外の事態を受け、とにかく距離をとって様子を見ようとしたのだ。
シオンは追撃をしなかった。ただ、バスタード・ソードを下段に構え、殺気を込めてアクセルを凝視する。
そのシオンの姿に、アクセルは困惑した。傷を負っている様子が見られないからだ。
シオンはアクセルの攻撃を真正面から受けた。当然大きな傷を負っているはずだ。それなのに、そんな様子は見受けられない。
(なぜ?)
思わず、心中でそんな言葉が漏れた。
シオンに傷ついた様子がないのは、今まで仲間達にも隠していた“自己治癒”の錬生術を用いたからだ。
と言っても、本当に全回復している訳ではない。シオンの“自己治癒”にそこまでの効果はない。体表面を中心に癒し、表面上だけ傷を受けていないように見せているのだ。
そして、更にシオンは、その表情や動きからもダメージを受けている様子を見せないように努めていた。その顔からは、強烈な怒気と殺気が感じられるだけで、痛みに耐えている様子は一切見られない。
シオンがわざわざそんな事をしたのは、アクセルの動揺を誘う為だった。シオンの作戦は、アクセルの心理面を攻めるものだったのである。
アクセルの態度に手ごたえを感じたシオンは、更に動揺を助長しようと考えて、はったりをかけた。
「お前の攻撃は、もう俺には効かない。お前に勝ち目はない。死ね。アクセル」
「ふざけるな! そんなわけない。試合の時は、効いていただろうが!」
「俺は、あの時から変わったんだよ。短期間で特殊な能力を手に入れることが出来るのは、自分だけだとでも思っているのか」
「そんな、はずは……」
「信じられないなら、どこでも攻撃してみればいい」
そう告げると、バスタード・ソードを下段に構えたまま、アクセルへ向かって歩く。
(はったりだ、そんなはずがない。そんな……)
そう自分に言い聞かせるアクセルだったが、疑念を払拭することは出来なかった。確かに、自分が突然強大な力を得たのだから、シオンも同じように特殊能力を得る事もあり得る。そう思えたからだ。
その疑念を振り払おうとするかのように、アクセルはロングソードを横に一閃する。狙うのはシオンの首、首を切り裂けば殺せる。そう思っての一撃だ。
その攻撃すら、シオンは避けない。アクセルのロングソードはシオンの喉元を切り抜いた。流石に両断とはならなかったものの、深く切り裂いたのは確実だ。即死してもおかしくはない。少なくとも、まともに動けなくなるほどの重傷のはずだ。
しかし、シオンは即座に反撃した、下段からバスタード・ソードが振り上げられ、アクセルの腹部を抉る。
「な!?」
今度こそ、アクセルは驚愕した。
切り裂かれたはずのシオンの首からは、殆ど出血がない。普通なら大量の血しぶきが上がるはずなのに、赤い線が引かれた程度だ。
そんな異常な状況をみたアクセルは、また慌てて引き下がる。
シオンが大量出血していないのも、“自己治癒”の効果だ。攻撃を受けるタイミングに合わせて、皮膚と気管と食道の表面を癒して、即座の大量出血だけを何とか防いでいる。そして、実際には激烈な痛みに襲われ、ダメージも蓄積しているが、そんな様子はおくびにも出さない。
首を斬られても血を流さず、ダメージを受けた様子も見えない。そんなシオンの姿は、アクセルには不死身の怪物に見えた。
シオンは、相変わらず、激烈な殺気を込めた目でアクセルと睨みつけ、ひりつく様な激痛に耐えて、裂帛の声を上げた。
「死ねッ!!」
そして、バスタード・ソードを上段に構える。
「ひッ」
アクセルが、小さくそんな声を漏らす。明らかに怯えが籠った声だった。
これが、シオンが狙っていた瞬間だった。
(恐れたな、アクセル。それがお前の最大の弱点だ)
そう思いつつ、顕現させていたデュラハンに指示を出す。
「死の恐怖を与えよ!」
「心得た、我が主」
オストロスとヘルハウンドをどうにか抑えていた首無しの女騎士は、そう答えると左手に持った己の首をアクセルに向けて差し出す。その瞳が怪しく光った。
闇の精霊による精霊魔法“死の睥睨”の発動だ。その効果は対象を死の恐怖によりすくみ上らせ、一時的に動けなくするというもの。
そして、精神を操る術は、相手の本当の感情が、操作しようとしているものに近いほど効きやすくなる。
僅かとは言え、実際に恐怖を感じていたアクセルは、ひとたまりもなかった。
「うわあぁぁぁ」
そう叫んでうずくまる。
これが、シオンが見出していた勝ち筋だ。
(アクセル。お前は死ぬのが怖い。怖くなると動けなくなる。その臆病さが、お前を殺す)
シオンはそう考えつつ、うずくまるアクセルの首を目がけてバスタード・ソードを上段から振り下ろす。
だが、その攻撃は最後に勢いを弱め、アクセルの首を軽く傷つけるだけで止まった。
「ひッ!!」
そう叫んで、アクセルが気を失う。しかし、命に別状はない。シオンは、最後の最後でアクセルを殺すことが出来なかったのだ。
そこで、“伝道師”の声が聞こえた。
「発動せよ、紫貝。封印すべきもの、その名は『ビージャニア』なり」
憑依先であるアクセルが失神し、アークデーモンも力を使えなくなったことで勝負ありと判断し、予定していたとおりに封印の術を行使したのである。
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一瞬、シオンにもそんな音無き声が脳裏に響いた気がした。
「成功したぞ。もはや、アークデーモンは封印の内だ。再度誰かと契約して憑依するまで、力は使えない」
“伝道師”が、そう告げた。
「分かりました」
シオンはそう応えると、2体のヘルハウンドと戦うゼインを援護する為に動いた。
そして、ヘルハウンドを容易く倒し、更にデュラハンが押しとどめていたオストロスとヘルハウンドも倒す。
そうして戦いは終わった。
その間、アクセルは気を失ったまま身動き一つしなかった。




