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第30話 そしてまた生贄の儀式

 シオン達が王都に帰還してから数日後の深夜。アクセルは王都にある古びた屋敷の中にいた。

 かなり広い屋敷だが、もう相当長い事手入れをされていないのは確実と言えるほど荒れている。そろそろ廃屋と言われてもおかしくない建物だった。この屋敷は、アクセルが急遽購入したものだ。


 アクセルは、その古屋敷内の広間で何やら作業をしている。

 壁際に台を配置し、その上に、目を閉じて右手の人差し指で天を指さす男性像――暗黒神アーリファ像――を載せる。更に、その像の前に大きな机を運んだ。


 そして、床に置いていた大きな布製の袋の口紐をほどく。その中には、意識を失った幼い少女が入れられていた。

 アクセルはその少女を机の上に乗せる。


 それは、生贄の儀式の準備だ。“治療師”改め“伝道師”が予想したとおり、アクセルは己に憑依したデーモンに唆されて、ついに生贄の儀式に手を染めようとしていた。

 しかし、既に予想されていた以上は、当然のように邪魔が入る。


 バタン


 そんな音共に広間の扉が乱暴に開かれる。そして、シオン達3人が次々と広間に押し入って来た。

 シオンを先頭に、次にゼイン、そして最後に“伝道師”が続く。

 近いうちにアクセルが生贄の儀式を行うと予想していたシオン達は、アクセルの動向を密かに調べ、決定的瞬間に踏み込む準備を整えていたのだ。


 驚いてシオン達の方を向いたアクセルに、先頭のシオンが告げる。


「予想していた事だが、こんな事はして欲しくないとも思っていたよ。アクセル。残念だ」


「シオン……。なぜ、ここに。扉に鍵は、かけておいたはず」


「お前が、生贄の儀式をしようとする事は分かっていた。そう思って動向を調べていれば、ここを生贄の場にする為に買ったことくらい予想がつく。だから、踏み込む準備も進めていた。鍵程度はどうとでもなるんだよ」


「ああ、そうかよ。俺のやる事なんか、お見通しってわけか? だが、それで俺を官憲に訴えるなら、この場に衛兵共を大勢連れて来るんだったな。貴様ら3人だけなら皆殺しにして、どうとでも隠せるぞ」


「勘違いするな、アクセル。お前を官憲に訴えるつもりなどない。俺がここに来たのは、お前を、殺すためだ」


 そう告げたシオンは、その言葉通り殺意を込めた鋭い視線でアクセルを睨みつける。


「なッ」


 アクセルは一瞬たじろいだ。アクセルは、今までにシオンからこのような剥き出しの殺意を浴びせかけられた事はなかった。


「は、ははは」


 だが、直ぐに哄笑をあげる。


「ちょっと前に、手も足も出ずに俺に負けたくせに何をほざきやがるッ! 死ぬのは手前だ、シオンッ」


「そうか。あの決闘の時の力は、今もお前の下にあるんだな」


「当たり前だ! これは、俺の力だ!!」


 この問答によって、シオンは自分たちの推測の一部が外れていた事を知った。


 シオン達は、アクセルは一度力を奪われ、再度力を欲するなら生贄が必要だと唆されて、生贄を捧げる事になるのではないかと考えていた。トマーシュがそうだったように。

 もし、そうだったなら、アークデーモンの力と戦いたいと思っているシオンにとっては不都合だ。生贄を捧げるまでアクセルはアークデーモンの力を使えない事になるのだから。


 かといって、実際に生贄が捧げられるまで待つつもりは、もちろんない。

 だからシオンは、アクセルに憑依するアークデーモンに、既にカラクリは分かっていると告げて、生贄を捧げるなどという無駄な手間は省いて、速やかに力を使えるようにさせるつもりだった。


 それは、中々難しい試みだと思われた。どのような言葉を語ればアークデーモンを動かせるだろうかと、随分思い悩んでいたのだが、結果的に無駄な考えだった。

 アークデーモンは、魅了の力を強化して幼馴染のクリスタをものにする為には生贄が必要だと告げて、アクセルに生贄を捧げさせていたからだ。

 言い換えれば、アクセルは女をものにする為だけに、罪なき少女を殺そうとしていたのである。落ちるところまで落ちたというべきだろう。


 だが、いずれにしても、今のまま状態で、アクセルはアークデーモンの力を使える。

 そして、アクセルはその力を行使した。


「見ろ! 俺の力をッ! 貴様ら、皆殺しだ! 猟犬達よ、我が召喚に応じよ!」


 その言葉に応じて、空間に歪みが生じ、オルトロス1体と、ヘルハウンド4体が現れる。

 ヘルハウンドの内2体は、ゼインと“伝道師”に襲い掛かろうとする。召喚者の言葉通り、皆殺しにする為だ。

 そして、もう2体のヘルハウンドとオルトロスはシオンに向かう。


「こっちは任せろ!」


 ゼインがそう叫んで、“伝道師”をかばう。

 そして、シオンもオルトロスらに対抗する手を打った。


「死の恐怖を司る、いと高き闇の精霊、デュラハンよ、顕現せよ!」


 シオンがそう告げると、瞬時に漆黒の鎧に身を包んだ首無し騎士が現れる。頭部は左腕に抱えられていた。その頭部は長い黒髪の女のものだ。よく見れば鎧も女物である。それは、闇の上位精霊デュラハンの姿だった。


「犬どもを止めろ」

「心得た、我が主」


 左腕の頭部がそう応えると、首無しの女騎士は剣を持った右手を真横に伸ばしてオルトロスとヘルハウンド2体の前に立ちふさがる。


 シオンが行ったのは、精霊の顕現。即ち普段は世界に溶け込むように存在している精霊を、肉体ある存在として出現させる術である。顕現した精霊は術師の指示に従って動く。


 強力な術だが、制約も大きい。精霊を顕現させている間は、その顕現した精霊に由来するもの以外の精霊魔法は、原則的に使えなくなるのだ。つまり、精霊魔法を柔軟に行使する事が、普通は出来なくなる。それが、シオンが精霊の顕現をあまり使わない理由でもあった。


 特にシオンにとっては、光の精霊を用いた癒しの魔法が使えなくなる影響が大きい。

 強敵相手にも戦力となる上位精霊で、シオンが顕現させることが出来るのはデュラハンのみ。そして、デュラハンを顕現させている間は、シオンには癒しの魔法も使えない。

 つまり、癒しが必要とされる可能性がある場面では、デュラハンの顕現は使えないのだ。だからこそ、シオンは今までの戦いでデュラハンを顕現させていなかったのである。


 しかし、今、シオンはデュラハンを顕現させた。それは、オストロスらを足止めをする為であったが、同時に、癒しの魔法を使うつもりがなかったからでもある。

 癒しの魔法など使わずに、短期決戦で勝負を決める。それがシオンの狙いだ。

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