第29話 本当の望み
王都に戻った3人は、今後の行動について打ち合わせた上でいったん解散した。
しかし、シオンはゼインと別れた後、来た道を取って返して、改めて“治療師”の下を訪れた。“治療師”に本当の自分の考えを伝える必要があったからだ。
「どうした? 精霊剣士殿。何か忘れ物でも?」
引き返してきたシオンを自宅に迎え入れた“治療師”はそう問いかける。
シオンは、真剣な表情で答えた。
「治療師さん、あなたへのお願いの内容を変えて欲しいと思って来ました。
ゼインに聞かれると、反対されると思ったので、今まで言い出せなかったのですが、私がアクセルと一騎打ちをする時の話です。
私が負けた場合、殺される前にアークデーモンを封印して欲しいと言いましたが、あれは撤回します。もし、私が負けたなら、アークデーモンを封印するのは、私が殺された、後にしてください」
「ん? 何を言っている」
“治療師”は訝し気に問いかえす。彼女にも、死を望むかのようなシオンの言葉の真意は直ぐには分からなった。
シオンは、気を引き締め、真っ直ぐに“治療師”を見て、言葉を続ける。自分の真意を、本当の決意を、相手に伝えるために。
「私は、この戦いに命を賭けたい。負けたら死ぬ。本当に死ぬ。そういう条件で戦いたい。と、そう思っています。
本当に強くなりたいなら、時にはそういう戦いにも臨まなければならない。違いますか? 自らを鍛えて強くなることこそ重要だと説くあなたになら、分かってもらえると思ったのですが」
「それは確かに一面の真理だ。負けても死なない。などという甘い条件で戦ったのでは得られないものは確かにある。本当に命を賭ける事も時には必要だろう。
だが、賭ける必要のない命を、あえて賭けるなど不合理極まりない。冒険者をしているなら、負ければ死ぬ戦いなどいくらでも経験する事になるはずだ。何も、今回そんな事をする必要はあるまい? それも、格上相手に」
「必要はあります。俺にとっては。
俺は、今回の件で自分に覚悟が全く足りなかった事を痛感しました。俺は、口では本気で最強を目指すと言いながら、心のどこかでは、挫折したら田舎に戻って、ゆったりとした暮らしを送ればいいと思っていた。
実際、アクセルに負けた後、そうしようと考えた。信じられないほどの姑息さです。そんな情けない覚悟で、俺は強くなろうとしていた。そんな事で本当の強さを得られるはずがない。最強になどなれるはずがない。
だから、俺はそんな惰弱な自分と決別します。望みが叶わないなら死ぬ。これからは、その覚悟で、最強を目指します。そして、その覚悟を証明するために、負けたら死ぬ戦いに、それも負ける可能性が高い戦いに、あえて自ら臨む必要があるんです。
傍から見れば、不合理で、無意味な行いです。それは、分っています。
それでも、他人からは理解できないものでも、戦わなければならない時というものがあります。俺にとっては、今がその時なんです」
「ふふ」
シオンの真剣な言葉を聞き終えた“治療師”は、軽く笑みをこぼし、そして言葉を続けた。
「なるほど、良い覚悟だ。今の言葉は、戦神トゥーゲルの教えだな。どうもトゥーゲルとは巡り会わせが悪い。前にも、これはと見込んで正しき道を説こうと思った者が、先にトゥーゲル信者になってしまっていた事があった……。
まあよい。そなたの考えを尊重しよう。強くなるためにはそれが必要だとそなたが思っているなら、否定はしない。むしろ、尊い覚悟だと賞賛する。
だが、本当に良いのだな? そう言ったからには、いざとなれば助けてもらえるなど期待するな。私は何の援護もしないし、本当にそなたが死ぬまでデーモンを封印しないぞ」
「望むところです」
「それから、決死の覚悟で、本気で戦えば勝てるなどと思い込むな。
この世界には運命はない。未来は決まっていない。定められた物語のような展開になるとは限らない。気高い意志をもって戦う尊き者が、下劣な欲望のために戦う下衆に負ける事もある」
「それは、良い事を教えていただきました。運命がなく、未来が決まっていないというのが事実なら、私が負ける運命も死ぬ運命もないという事ですよね。それは、私にとって、むしろ希望です」
「良い心がけだ。その心意気に応えて、一つ忠告をしてやろう」
“治療師”は、右手の人差し指を立てながらそう告げた。
「そのアークデーモンと戦う時は、憑依されている愚者に対する憎悪を常に滾らせろ。そうすれば、魅了の能力に抵抗できる可能性が少しは上がる。間違っても、デーモンに誑かされて哀れだ。などとは片時も考えるな。
精霊術も扱うそなたに今更いう事もないだろうが、相手の精神を操る術は、相手の本当の気持ちが、操作しようとしているものに近い方が操作しやすくなる。例えば、魅了の術を使うなら、元から好意的な感情を持っている相手の方がかかりやすくなる。
仮にも伯爵家の主だった者達が偽暗黒神信徒に操られて、婿養子にしようとしていた理由は恐らくそのせいだ。伯爵家の者達は、令嬢を助けられたことで偽暗黒神信者に感謝していた。だから、操られた。
そなたの仲間達もそうだ。そなたらは、追放した愚者に同情し、憐れんでいたのではないか? 優秀な冒険者だったその者達が、軒並み操られてしまったのは、その憐憫の情に付け込まれたからだ。
逆に言えば、真逆の感情を抱いていれば操作されにくい。愚者を憎んでいれば、戦闘中に魅了される可能性が多少は下がる。だから、そう考えて戦いに臨むと良い」
「ご忠告感謝いたします。ですが、その事は私も承知しています。おっしゃる通り、私は精霊術師でもありますから。特に私は闇の精霊の扱いになれているので」
シオンはそう答えた。自然の力を司る精霊たちだが、光の精霊は癒しなどの身体的な力にも関わりが深く、そして闇の精霊は精神の働きと関係が深い。
闇の精霊の扱いに長けているシオンは、精神に関わる精霊魔法にも通じているのだ。
シオンは言葉を続けた。
「むしろ、それこそが私の作戦です」
「……なるほど、そういう事か。確かに試してみる価値はあるだろうな。まあ、精々頑張る事だ。そなたの決断と覚悟を、私は言祝ごう」
何事か察した“治療師”は、薄く微笑みながらそう返す。
「ありがとうございます。では、今お願いしたこと以外は手はず通りでお願いします。それでは今日はこれで失礼します」
「その前に、もう一つ伝えておく。今後、私の事は伝道師と呼んでくれ。私は道を伝える者だからだ」
「分かりました。伝道師さん」
「ああ、ではまたな。精霊剣士殿」
こうして両者は、改めて明日以降に備える事となった。
備えとは即ち、シオンが単身でアークデーモンに戦いを挑むための準備をするという事だ。シオンが自ら望んだ、負ければ死ぬ戦いに挑むために。




