第20話 発端の地へ
ゼインが言葉をつまらせ、しばらく沈黙が続いた。
その沈黙を破ってシオンが発言する。
「治療師さんのご意見はよくわかりました。私も、肝に銘じておきます」
そして、話題を他の事に変えた。
「ところで、私は、その最初の発端になったと思われる遺跡を調べたいと思います。治療師さん、そのトマーシュが住んでいた村の場所を教えて貰えますか? その近くにあるというなら、その村を拠点に探索を進めたいと思いますので」
シオンは、とりあえず“治療師”の言葉を信じて、それに基づいて調査を進めようと考えたのだった。“治療師”の言葉が、少なくとも自分を意図的に騙す為の嘘ではないと判断した為だ。
(俺を騙す為に、予めあの娘を引き取っておいて口裏を合わせるなんて事は、全く不可能だ。何しろ、俺は昨日思いついて今日急にここを訪れたんだから。
つまり、治療師さんは実際に自分でトマーシュの事を調べていた。だからこそ、娘を引き取って話を聞いていた。その結果、トマーシュに力を与えていたのは高位のデーモンだと判断したわけだ。
まあ、その判断が間違っている可能性はある。だが、少なくとも理屈は通っている。治療師さんが博識なのも間違いない。他に手がかりもないのだし、まずは治療師さんの考えに従って調査を進めよう)
シオンはそのように思っていた。
「ああ、もちろん構わない。だが、条件がある。その探索には私も同行させてもらう。女童は、しばらくなら預けるあてもあるから、私はこの街を離れる事も可能だ」
“治療師”の答えはそんなものだった。
「なぜ、同行を望まれるのですか?」
「今回の件を放っておくことは出来ないからだ。前にそなたが言っていただろう?『異神よりも、異端なお憎し』と、あれは真実だ。私は、奴らを許さない」
「……」
その言葉は、自分は正統な暗黒神信徒だと告白したに等しい発言だった。
もっとも、これはそこまで衝撃的な言葉ではない。この国では、暗黒神アーリファを含む闇の神々も、ただ信仰するだけなら罪とはしていないからだ。何らかの実害を伴う犯罪行為を行って初めて処罰の対象となるのである。その時には他の犯罪者と比べて罰が重くなることはあるが、闇の神々を信じる事そのものは犯罪ではない。
とは言っても、現実問題として、闇の神々の信徒が犯罪行為に走りやすいのもまた間違いのない事実だ。闇の神々の教義は多かれ少なかれ、人の世の法を逸脱する要素を含んでいるのだから。
そう思えば、探索に“治療師”を同行させるのは気が進まない。シオンは少し考えこんだ。
(暗黒神の信徒を無条件で信頼することは出来ない。それにこの人が只の信徒とも思えない。まず間違いなく闇司祭という奴だろう。
だが、だからこそ、異端への嫌悪は本物のはずだ。まして、暗黒神を騙る偽物の存在を許すはずがない。
そして、この人は、アクセルに偽暗黒神、恐らくはデーモンが関わっていると確信している。なら、俺がアクセルと敵対している限りは、味方に付いてくれるだろう。
この人が冒険で役に立つのも間違いないし、拒むべきではないな。下手に拒んで、気を悪くさせてしまえば、その方が面倒だ)
そう考えて、確認のために問を発した。
「同行するという事は、何かあった時には協力していただけると思って良いのですか?」
「もちろんだ。可能な限り力になろう。そなたが、その暗黒神を騙るデーモンに魅入られた愚者と敵対している限りは、な」
「でしたら、むしろこちらからお願いします。同行してください」
「よし、ならば早速準備をしよう。早い方が良い」
「俺も、一緒に行かせてもらうぞ」
ゼインがそう告げ、シオンの方を向いて言葉を続ける。
「ここまで関わったんだ、途中で除け者はなしだ」
「……分かった。一緒に行こう」
シオンは、ゼインの様子に不穏なものを感じていた。しかし、久しぶりに親しく話した元親友の言葉を無下に出来なかったのだ。
「ほう。まあ、精霊剣士殿がそれで良いというなら、私も構わないぞ」
“治療師”はそう告げる。
こうして、シオン達は3人で王都を離れる事となった。目的地は偽暗黒神信徒ことトマーシュという男が住んでいた村。そこを拠点として、全ての発端となったと思われる遺跡を探し出し探索する事。それが目的である。
シオン達が王都を発った日の夜。シオンを打ち負かし実質的にそのパーティを乗っ取ったアクセルは、幼馴染でもある女神官のクリスタと食事を共にしていた。場所は高級旅館に併設された料理屋だ。
食事は和やかに進み、やがて全てのメニューが提供された後、アクセルが告げた。
「ところで、この宿に部屋をとってあるんだ。高級貴族が泊っても満足できるほどの最高の部屋だ。そっちに移って、飲み直さないか?」
だが、クリスタの表情が急に強張る。
「いいえ、それは遠慮しておくわ。私は、自分の宿で寝る事にしているから。
今日はありがとう。楽しかったわ。それじゃあまた」
クリスタは、そう告げるとさっさと席を立ち、料理屋から出て行ってしまう。
「くそッ! なんでだ」
クリスタが去った後、アクセルはそんな悪態をついた。
アクセルは、暗黒神アーリファと名乗る者から授かった能力でクリスタの精神を操作していた。クリスタだけではない。他のシオンの仲間たちも、だ。この点で、“治療師”の推測は正解だった。
クリスタを操作したシオンは、直ぐにでもクリスタを抱こうとした。前々から、この美しい幼馴染を自分のものにしたいと思っていたからだ。
今のアクセルは、特殊能力で女を操ってものにするという行為に罪悪感を持つ事はなかった。
ところが、クリスタは肉体的な接触を拒んだ。それどころか、アクセルと2人だけになる事すら拒否し続けている。
(なんでだ、魅了して自由に操れるんじゃあないのか? なんで、なんで拒める)
アクセルの黙考に応えるものがあった。
⦅力が足りぬ、故なり⦆
アーリファと名乗ったあの声だ。
(アーリファ様!? なぜ、なぜ力が足りないのですか?)
⦅神話を知らぬわけではあるまい。神話はすべて正しくはないが、事実の一部を伝えている。我らの力は制限されているのだ。全ての力を無条件で使える訳ではない。無条件では、な⦆
(無条件では? では、何か条件があれば、もっと強い力を使えるのですか?)
⦅如何にも⦆
(その条件というのは?)
⦅贄よ。贄を捧げよ⦆
(贄?)
⦅生贄だ。我に生贄を捧げれば、力はより強くなる。無論、ただの贄ではない。人の幼子が必要だ。それを捧げよ。そうすれば、あの女の心も身体もそなたのものよ。いや、あの女だけではない。幾多の美女がそなたのものとならん⦆
「生贄……」
そうつぶやくアクセルの目は、どす黒く濁っていた。




