第16話 力を与える者
「治療師さんは、あの犯人が生贄を捧げていた相手は偽物の暗黒神だと言いました。しかし、少なくとも犯人が加護を得ていたのは事実なのではないですか?」
「なぜ、そう思うのかな?」
「あの時、最初に、仲間だった弓使いが放った矢を、犯人は避けられませんでした。その身のこなしは、大したものではないように見えました。
ところが、その直後、その、被害者、を、短剣で刺すと、急に強くなった。あの身のこなしは超人的とさえいえるものだった。
その後もおかしなことがありました。犯人は、ヘルハウンドとオストロスを召喚していましたが、そんなことが出来るなら、最初からしていれば良かったはずだ。しかし、犯人が実際に召喚をしたのは、2度目に犠牲者を刺した直後。
つまり、その行為によって強くなったり能力を得たりした。私にはそう見えました」
「よく見ていたな。確かに私もそのように見受けた。
つまり、生贄を傷つける事によって何らかの力を得たのは事実と思われるわけだ。
だがな、それは生贄を捧げた相手が暗黒神ではない事、いや、如何なる神でもない事を証明している。現在の神々には加護を授ける余力などないのだからな。
まさか、本当に神話を知らぬわけではあるまい?」
「もちろん知っています。全ての神々は“始原の母”の封印にほとんどの力を使っており、信者に加護を授ける余力などない。という話のことでしょう?」
それは、この世界では広く知れ渡っている神話だった。
この世界の神話では、神々を創造した“始原の母”と呼ばれる存在が語られる。その者こそが、本当の、最初の創造主であると。
しかし、その“始原の母”は、いかなる理由によるものか、世界を滅ぼすことにした。当時神々は相争い、神々の戦を繰り広げていたのだが、この母の決断に驚き、戦いを止め母に翻意を乞うた。
だが、母の意思は変わらず、ついに神々は世界の滅びを止めるために母に戦いを挑んだ。そして最終的に、母を異なる空間に封印する事に成功する。だが、封印を継続する為には神々自身も異なる空間においてその力のほとんどを使い続ける必要があり、神々もまた現世から姿を消した。
その結果、神々は現世に介入する術をほとんど失った。出来る事は稀に神託を告げる事と、才能ある者の一部に神聖術の使用を許す事だけ。そう言われている。
ちなみに、ただ一柱のみ母の意向に従い世界を滅ぼそうとした神もいたと言われているが、その神も厳重に封印され、最早現世に力を及ぼすことは出来ない。
この神話が事実なら、確かに神々には信者に直接的に加護を授ける事は最早できないということになる。
シオンはこの事も踏まえて言葉を続けた。
「その神話は知っていますが、神話に語られる事の全てが真実だとは思っていません。ひょっとしたら、何か隠された真実があるのかも知れない。そうは思いませんか?」
「ふっ、なるほど、常識すらも疑う。それは確かに時として正しい態度ではあるな。
だが、この場合神話を疑う前に、他にも考慮するべき可能性があるだろう。実際、他者に力を与える可能性がある者は幾つも思い浮かぶ。
例えば、とてつもなく強力な支援魔法の類を開発、或いは再現した魔術師。
同じくとてつもなく強力な霊薬を開発した薬師。
古代魔法帝国の生き残り達。
始祖たる吸血鬼。
そんな者達も、他者に力を与えたりできるだろう。
他にもまだ思いつく存在はいるぞ」
「つまり、そんな存在が、暗黒神アーリファの名を騙って、あの犯人に力を与えていた可能性がある。と?」
「そうだ」
「その中の、如何なる存在がその正体だとお思いですか? 何か考えがあれば教えてください」
「ふふ、性急だな。そんな事では女にモテぬぞ。まあ、よかろう。もったいぶるのは止めて私の考えを言おう。異世界からの侵略者デーモンだ。それも飛び切り強力な個体」
「そう思われる理由は?」
「まず、あの誘拐犯が召喚したヘルハウンドやオストロスは、本来この世界の魔物ではない。デーモンと故郷を同じくする異世界の住人だ。そして、力を与えると称して人を惑わすのはデーモンの常套手段。奴らは、その様な行いを楽しむ。親に我が子を殺させようとするなどその最たるものだ。
そして何より、私は今までにいくつも見ているのだ。我は暗黒神アーリファなりと称するデーモン共を、な。そんなものがいるから、忌まわしき異端信仰がなくならぬ」
「なぜ、デーモンは暗黒神を騙るのですか?」
「その答えも神話にある。暗黒神は、神話の時代に魔族に加護を与えたり、或いは、創造したりしている。いや、暗黒神に加護を与えられたか創造された存在こそが魔族だ。神話全てを見ても、これほどの規模で加護などが授けられた例は他にはない。
つまり、暗黒神は、見ようによっては信者に直接的な加護を与えた実績が最も多い神なのだ。だからこそ、自分にも加護を与えてくれるかも知れない。そう思ってしまう者も出て来る。そこにデーモンは付け入ってくる」
「……アーリファが魔族に加護を与えたという神話も知っています。ですが、アーリファは魔族に加護を与えたりした結果、自らの力を失ってしまったと言われているはずです。それでは、なおさら加護など与えられない事になるのでは?」
「その通りだ。だが、その部分を信じず、都合の良い部分だけ信じてしまう者もいる。そなたと同じように、神話という常識を疑うのだ。自分にとって都合の悪い部分だけを、な。そして、魔族に加護を授けたならば、自分も授けて貰える。と、その様な考えに至る。そのような者たちも、暗黒神の異端信者と呼ぶ。
その上、暗黒神は神としての力のほとんどを失ったために、神託を下すことが特に少ない。元々どの神でも神託は稀にしか下せないが、そんな他の神々と比べてすらアーリファの神託は極端に少ない。結果、異端信仰が直接正される機会も少なく、異端信仰がはびこりやすい。
だから、昔から異端信仰が幾つも生じてしまうのだ。
どこぞのデーモンが、そんな異端信仰を利用して暗黒神を騙り異端者共を誑かし始めたのだろう。その結果、“暗黒神アーリファを名乗るものから加護を授かった”という事例が発生する事になる。その事がまた、異端信仰に引き付けられる者を生む。
そうして、異端信仰とアーリファの名を騙るデーモンは存在し続けて来た。要するに、昔からアーリファを騙るデーモンは存在している。今回もその一例だ」
「……」
「もっと言うならば、私は私のその推測を確かめる目的もあって、この女童を預かった。そして、話を聞いて、より一層確信を深めた。そなたらも聞いてみると良い。
さあ、女童よ、前に私に話した事を、彼らにも語ってやるのだ。そなたの母親がいなくなり、父親がおかしくなった時の話だ」
「わかりました」
クレアは、そう答えた。
シオンとゼインもその視線をクレアに向ける。
クレアは、また平坦な口調に戻って話し始めた。




