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第17話 弱いから

 クレアは淡々と語る。


「その日、お父さんとお母さんは、私をとなりのマーサおばさんにあずけて、朝から2人で出かけました。コダイマホウテイコクのイセキを見つけたからタンサクする。と言っていました。

 何も危ない事はないから、夕方にはかえって来る。と言っていました。それなのに、お母さんは、かえってきませんでした。


 お父さんは、お母さんはいなくなってしまったけれど、お父さんがとても強くなったから、今よりもずっといい暮らしが出来る。と言いました。それで、この街に引っこしました。

 最初に引っこしたのは、狭い部屋だったけど、すぐに、大きなお屋敷にいきました。お屋敷の人たちは、とてもやさしくしてくれました。お父さんも、お屋敷にいたきれいな女の人と仲良くなったみたいでした。そしてお父さんは、もうじきこの家の子にしてやるって、そう言っていました。


 でも、そのころから、お父さんはすごく暗い顔をするようになって、たまに恐かったです……。そして、あの日」


 クレアの言葉が途切れた。


「あの日、何があった?」

 

 “治療師”が先を促す。


 クレアがまた話しだす。その声は震えていた。


「あ、あの日、お父さんは、私に、変な薬をのませて、手をしばって、暗い部屋につれて行って、そ、それで、それで、剣で、私を、私を剣で、さ、刺そうとして……」


 クレアは声を上ずらせ、言葉をつまらせる。と、“治療師”が口をはさんだ。


「刺そうとした。のではないだろう? 刺した。本当に刺した。実際に、そなたを殺そうとした。そうだな?」


 クレアは震えながら小さく頷いた。

 “伝道師”がクレアに問う。


「どうしてだ、どうして、そなたの父は、そなたを殺そうとしたのだと思う?」


「私が悪い子だったから……」


「違う」


 “伝道師”はそう言い切り、更に言葉を続ける。


「死に値する悪など相当のものだ。罪なき者を惨殺したか、それとも死ぬより辛い目に合わせたか。その位だ。女童よ、そなたは幼い身空でそのような悪をなしたのか?」


 クレアは首を左右に振る。


「そうだろう。では、そなたの父が悪人だったのだろうか? 大した理由もなく、娘であるそなたを殺そうとするような、極悪人だったか?」


 クレアは先ほどよりも強く、大きく首を左右に振った。


「その通りだ。そなたの父も悪ではない。実際、おかしくなるまでは本当に優しかったのだろう?」


 今度は首を上下に動かす。


「そうだろう。そなたの父も悪ではなかった。では、なぜそなたを殺そうとしたのか。答えを教えてやろう。弱かったからだ。弱かったから、そなたの父は、そなたを殺そうとした。

 そなたの父は、一人で帰って来た時、自分は強くなったと言った。強くなったという事は、それまでは弱かったという事だ。


 だがな、強くなるという事はそんなに簡単に出来る事ではない。そなたの父は自ら強くなったのではなく、何者かに強くしてもらったのだ。弱かったからこそ、他者に与えられる強さに、偽りの強さに飛びついた。

 そして、その強さを失わない為に、そなたを殺そうとした。そうしろと、何者かに誑かされたのだ。誑かされてしまったのは心が弱かったからだ。


 つまり、身体も心も弱かった。だから、何者かに騙され、騙されたままに、偽りの力を失わない為に、そなたを殺そうとした。

 実際、そなたの父は言ったのだろう? 娘を捧げる代わりに力を授けてくれ。と」


 クレアは、震えながら微かに頷いた。


「そうだ、それが真実だ。弱かったからこそ、そんな事になった。他者に頼り、騙され、挙句の果てに、娘を殺そうとした。愛おしいはずの娘を、殺そうとした。全て弱さが原因だ。自ら鍛えて手に入れた本当の強さがあれば、そのような事はしなかった。

 女童よ、よいか、父を恨んではならないぞ。そなたの父は、間違いなく、そなたを殺そうとした。殺そうとした。殺そうとした。殺そうとしたのだ。

 だが、父を恨んではならない。恨むべきは、父の弱さだ。弱さを恨め、そなたを殺そうとしたのは、父の弱さだ。

 だから、そなたは弱さを恨み、強さを目指すのだ。自ら鍛える事によってのみ手に入れることが出来る、本当の強さを、な。分かったか?」


 クレアはまた頷いた。


「よし、では、私はまだこの人たちと話すことがあるから、そなたは自分の部屋へ行くがいい。そして、私が教えた通りに運動をするように。運動は、強くなりたい、強くなりたい、と念じながらするのだぞ。そして、運動を終えたら、この薬を飲んで身体を休めよ」


 そう言って、ガラス瓶に入った薬品を懐から取り出して机の上に置く。


「分かりました」


 クレアはそう答えると、その薬を手にして、1人で部屋から出て行った。

 クレアと“治療師”のやり取りを黙ってみていたシオンは、思わずたずねた。


「あの薬は、どういうものなのですか?」


「強く成長する為の、とても良い薬だ」


「そうですか……」


 シオンはそれ以上口にしなかったが、クレアの境遇が不憫に思えてならなかった。


(生贄の次は、人体実験か……)


 しかし、今はクレアの事を心配するよりも自分の事の方が優先だ。

 シオンはそう考えて、改めて“治療師”に問いかける事にした。

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