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第13話 伝説級冒険者

 10年以上前、まだ少年に過ぎなかったシオンは、既に大人顔負けの剣の技を修得していた。それほどの才がシオンにはあった。しかし、同時にある意味で個人としての強さの限界を悟った、冷めた子供だった。


(僕が幾ら強くても、実際のところ、皆を動かせる村長には敵わない。もっとずっと強くなれば、村長よりは威張れるようになるかも知れない。けれど、結局代官には敵わないし、その上の貴族の領主様には歯向かうことも出来ない。その上には王様もいるんだ。

 僕ひとりの、自分だけの強さなんて、大したものじゃあない)


 などと考え、個人の強さではどうにもならない“現実”をよく理解していたのである。

 だが、そんな“現実”を容易く打ち壊してしまう出来事があった。それが、伝説級冒険者という、本物の強者との出会いだ。


 切っ掛けは、シオンたちの村が魔物の群れに襲われそうになった事だった。その魔物退治に、伝説級冒険者がやって来たのである。

 伝説級とまで言われる冒険者ともなれば、普通はそんな一集落の危機程度で動く事はない。だが、どのような事情があったのか、その時は伝説級冒険者の男がやって来た。


 その男は、既に老齢に達していた。だが、老い衰えている印象は全くない。そして、実際圧倒的に強かった。


 魔物の数が多かったため、シオンたち村の戦える者も補助の為に討伐に参加した。

 そこでシオンは、伝説級冒険者の戦いを見た。いや、正確にはまともには見られなかった。その剣筋は文字通り目にも止まらない速さだったのだ。

 ただ、伝説級冒険者が動く度に魔物が斬り飛ばされる。それも複数が一度に、だ。

 その強さは、当時のシオンが想像していた最強の戦士の姿を、遥かに凌駕していた。


 そしてまた、その伝説級冒険者は他の意味でもシオンの想像と異なる存在だった。

 魔物の討伐が終わった後、村長は報酬の足しにしてくれといって伝説級冒険者に自身の娘――シオンも秘かに憧れていた村一番の器量よしの娘――を、差し出した。

 伝説級冒険者は、その娘を当たり前のように受け取った。


 更に、村に滞在している間、時間さえあれば剣を振るい鍛錬をしていた。

 シオンは、伝説級冒険者に思い切ってその事を聞いた。なぜあなたほど強いのに鍛錬の続けるのか? と。


「この歳になると、何もしないでいれば直ぐに衰えてしまう。最強の存在となる為には、片時も怠れない」


 伝説はそう答えた。

 驚きの答えだった。この人は、老齢に達し、伝説と呼ばれるようになってもなお、自分は最強ではないと考え、そして最強を目指し、より強くなる事を望んでいる。


 シオンは伝説級という呼び名と、老齢に達している事から、その男は既に悟りでも開いたような、俗世の欲とは無縁の者かと思っていた。だが、そうではなかった。

 その男は、今もなお己の欲望に忠実で、誰よりも強くなることに貪欲だった。


 そして、最大の驚きは伝説級冒険者が村を離れた後に起こった。領主が村に対して1年間の税を免除したのだ。あの伝説級冒険者が、領主に村の窮状を伝えた為だという。

 その事を知ったシオンは、あの冒険者は実は王族だとか特別に高貴な身分の者だったのかと考えた。そうでなければ、貴族を動かすことなど出来ないと思ったからだ。


 しかし、その予想も間違っていた。伝説級冒険者は少なくとも特別と言えるほどの高貴な出自ではなかった。それでも、貴族に物を言い、実際に動かすことが出来る。伝説級冒険者は、出自ではなく、ただ個人の強さを基にして、その様な立場になっていたのだ。

 それどころか、王家や王国政府ですら一目置き、その言葉を無下には出来ないという。


 信じ難い衝撃だった。人は個人の強さだけでそこまで上り詰める事ができる。

 それを知ってしまったからには、自分もそれを目指したい。シオンは湧き上がるような興奮と共にそう思った。


 そして、自分が、ある意味での頭の良さ故に、自分の本当の望みを押さえ込んでしまっていた事に気付いた。

(僕は、本当は自分一人の強さで何処までも上り詰めたいと思っていた。それを、所詮無理な事と決めつけて押し込めてしまっていた)

 と、そう自覚した。

 そう自覚したからには、もう押し込め続けることは出来ない。


 シオンが、同じように伝説級冒険者に憧れた親友のゼインと共に、村を出て冒険者を志したのはその翌年だった。


 シオンは当然その伝説級冒険者に深く傾倒し、伝説級冒険者に縁のある道場の門を叩き、特別な訓練を受けたりもしていた。冒険者になった後も、伝説級冒険者と言葉を交わす機会は幾度かあり、その都度、見果てぬ強さに尊敬を強めたものだ。


 その伝説級冒険者だが、つい先ごろ亡くなっていた。10年以上前に既に老齢に達していた事を思えば、大往生というべきだろう。

 その死を受けて、シオンは秘かに期するところがあった。

 あの人の後を継ぐのは、この俺だ。と、そのような思いも懐いていたのだ。


(それなのに、俺はなんて腑抜けた事をほざいてしまったんだ。この程度の挫折で、全て諦めて故郷に帰る? 確かにふざけている。そんなのは、俺のこの10年間に対する冒涜だ。ゼインが正しい)


 そう考え、更に自分の気持ちと向き会おう努める。


(俺はまた、“利口な考え”で自分の気持ちを押し込めていた。確かに村にいた頃と同じだ。いや、惨めに足掻くのが恥ずかしかったのか? どちらにしろ、本当の気持ちを偽ろうとしていた。偽って逃げようとしていた。


 俺は……、悔しい、本当は悔しくて仕方がない。アクセルの奴にやり返して、全てを取り返したい。負け犬のままでなどいられない。奴に目にものを見せてやる。それが、俺の望みだ。

 そして、そうやって挑む事が、強くなる事にもつながる。俺は、奴に挑んで、更に強くなりたい。なら、そうするしかない)


 シオンは、己の考えをまとめて、そしてゼインに向かって決意を込めて告げた。


「ありがとう。ゼイン。お前の言うとおりだ。俺が間違っていた。いや、俺はまた、自分を偽ろうとしていた。俺は奴を見返したい。それが、俺の本当の望みだ。だから、ちゃんとそれを目指す。

 お前のお陰で、その事を理解できた。最初の気持ちを思い出せた。本当に恩に着る。俺は、足掻く、見苦しく、最後まで、足掻いて、足掻いて、上を目指す」


 ゼインはその答えに満足したのか、幾分語気を緩めて言葉を返す。


「そうか、そうかよ。じゃあ、醜く足掻く敗残者同士、酒でも飲むか」


「一緒に、飲んでくれるのか?」


「当たり前だろうが、最初に言っただろう。手前の惨めな姿を肴にして酒を飲むつもりだとな。それとも、俺みたいな雑魚と飲むのは嫌か?」


「そんなわけないだろ。付き合ってくれるなら嬉しいよ」


「なら、酒だ。

 おい、店員! こっちにエールを瓶で持ってきてくれ」


 こうして、かつての親友達は、約8年ぶりに酒の席を共にする事となった。

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