激突 5
「馬鹿なっ、『狂信者』がやられただと……!?」
『天使』教の教祖である禿頭の男が、目を見開いて驚愕の声を漏らす。
あまりにも予想外のことが起きた。
本来ならば、『狂信者』が邪魔者たちを一掃して、その後、天使を入手してくるはずだった。
しかし、現実は上手くいかない。
袋叩きに遭い、そのまま『狂信者』は地面に伸びてしまっていた。
奴はもう使い物には、ならない。
そう判断し、教祖は舌打ちをする。
こんなはずではなかった。
だが、切り札はすでに使い切ってしまっており、残る手札は侘しいものばかり。
思考する。
だが、すでに答えは決まっていた。
今この瞬間、自分たちが取るべき手段は一つしかない。
「――皆出るぞ。突撃だ。この手で我らの天使を手に入れる!」
半ば自棄になりながら教祖は、叫んだのだった。
♢♢♢
私は、首を傾げていた。
目の前に白目を剥いて倒れているのは、チンピラの兄弟と名前を知らない騎士団員二人がボコボコにしたぼさぼさの髪の大男である。
ちなみに首を傾げているのは、私だけではない。
皆、揃って頭の中に疑問符を浮かべていた。
――こいつ、誰?
と。
何しろ急に現れるなり突進してきて、すぐに退場した謎の男である。
疑問に思わない方がおかしい。
一体、この人は何をしに来たのだろう。
正直、さっぱり分からない。
質問しようにも気絶しているので無理だし、もういっそ騎士団に丸投げしようかなと思う。
「……先輩、これやばくないですか? 流石に気絶させたのはやりすぎだったんじゃ……」
「いや、明らかにこちらに対して敵意があっただろ。この図体で暴れられてみろ。無力化するのにかなり骨が折れたぞ」
「まあ、確かにそうなんですけど……。とにかく、これどうしますか? 詰所まで運びます?」
「運ぶ? 二人でか? とてもじゃないがたとえ四人がかりでも無理だろ、これ。……とにかく応援を呼ぶか」
騎士団員二人は、呟くようにして小声で相談を行なっていた。
とりあえず、縄で拘束するらしく大男の体をぐるぐると縛っていく。
傍目で見ていたが、何となく大丈夫そうな感じだ。
大男の対応は彼らに任せよう。
そう思いながら、私はヘリアン王子に視線を向ける。
ヘリアン王子は、気絶している大男を苦々しい表情で見つめていた。
まあ、そんな顔にもなるだろう。
何しろ、大男はヘリアン王子のことを天使だと言いながら迫ってきたのだから。
最後まで天使以外の単語を口にしなかった。
なかなかヤバイ相手であった。
これは私の推測なのだが、おそらく大男は、道ですれ違ったヘリアン王子に一目惚れをしてしまったのだろう。
だから、彼を天使と呼んだのだ。そうに違いない。
私が、彼の立場だったら鳥肌が止まらないと思う。
ヘリアン王子に対して、同情の念が湧いてくるのだった。
それにしても、天使か……。
ヘリアン王子は確かにやや中性的な見た目をしているし、金髪碧眼の美少年であるけれど、天使……。
うーん、やはりどうもしっくりこない。
私の中では、ヘリアン王子は空よりも地面の方が似合っている、という印象だ。
あくまで印象での話だけど。
別に浮世離れした雰囲気ではないし、むしろ気さくで打ち解けやすい雰囲気をしていると思う。
俗世にも興味深々で、とにかく好奇心旺盛。
それに真面目で努力家だから、堅実で、文字通り地に足がついたような生き方をしていると思うのだ。
まあ確かに、ヘリアン王子の見た目だけなら天使と言っても、別に問題ないような容姿だけれど。
ちなみに、私にとってこの世で一番の天使は、弟である。
悪いが、そこだけは譲れない。
異論を認めるつもりもなかった。
そんなことを考えていると、私たちの前に再び乱入者が現れる。
今度は一人ではない。
人数は三十人ばかり。どこからともなく、ぞろぞろとやってくる。
そんな大勢の人間が、突然現れてヘリアン王子目掛けて走って来たのだった。
「うおおおお、天使よ! 汝を我らの物とする!!」
謎の集団の先頭に立つ禿頭男が、そう宣言する。
どうやら彼らは、大男と同じヘリアン王子に一目惚れした集団らしい。
私はちらりと、ヘリアン王子を見た。
ヘリアン王子は、こちらに悲しそうな表情を向けてくる。
モテモテである。
何故かは不明だが、ヘリアン王子はモテにモテまくっていた。――主に男から。
何だか不憫に思えた私は、ヘリアン王子の前に出る。
私と同じ気持ちになったのか、今まで争っていた騎士団員やチンピラたちの四人もその進路に立ちはだかるようにして前に出る。
「――貸一つだぜ、リアヘン」
「――ええ、後で必ず返してもらいますよ」
気障ったらしく格好つけるチンピラ二人。
「――先輩……こいつら」
「――ああ、もしかして……」
騎士団員二人は、何か小さく呟く。
「――手出し無用だと思ってたっすけど、俺らも加勢するっすよ」
そして今まで少し離れた場所からことの成り行きを見守っていた残りのチンピラたちも、その中に加わった。
これで、ヘリアン王子を除けばこちらの人数は九人となる。
今現在、こちらに向かって来ている相手の方が数は多いがそんなことは気にならない。
私の前に立つ彼らは、とても頼もしい存在だった。
彼らは、ヘリアン王子という友のために立ち上がったのだ。
ならば、敗北など万に一つも有り得ない。
私たちは、今固い友情で結ばれているのだから。
――そうだろう、皆?
どうやら今の私の気持ちが伝わったらしい。
目の前の彼らは、神妙に頷いたり、にやりと笑ったりといった感じで各々反応をかえしてくれた。
私たちの心は一つだった。
「……ありがとう、皆」
ヘリアン王子が、自身に気合いを入れる。
彼は、私たちと同様に、謎の集団相手に戦う覚悟を決めるのだった。
そして、彼の覚悟を感じ取ったのか、周りから続々と人が集まってくる。
まるで、こちらに駆けてくる謎の集団を取り囲むように。
そしてあっという間に、謎の集団と拮抗するほどの人数が集まったのだった。
時は満ちた。
これで準備はばっちりだ。
さあ、始めよう。
私たちは、一斉に駆け出す。
『――うおおおおおおおおおおおおっ!!!』
チンピラたちが大声を上げる。
『――うおおおお!! 天使ぃいいい!!!』
それに呼応して、謎の集団も声を上げた。
そして、先ほど集まった人たちも。
『――お前ら襲撃者を捕縛しろおおおおおおおおおおおっ!!!』
皆、思い思いに雄叫びを上げながら、私たちはぶつかり合う。
三者三様。
人の数だけ、思いがある。
青春がここに有った。
♢♢♢
「……帰りましょうか」
「……はい」
一方、カティアとサフィーアはさっさと帰ることに決める。
彼女たちの目の前で、大乱闘が繰り広げられていた。
それを見て、あ、これ、そう簡単には収まらないな、と察した二人。
変に巻き込まれるのも嫌だったため、彼女たちは目の前の大勢の男性連中を放置して帰りの馬車が停まる場所へと向かうことにしたのだった。




