休日 10
「……おい、何か様子が変じゃねえか?」
「ああ、確かにそう見えるな」
私たちのいる場所から少し離れた場所で、弟とサフィーア王女が向かい合って、言葉を交わしている。
その二人の雰囲気が穏やかなものではないことに気づいたのだろう。
疑問に思った隣の彼らは、口々に声を上げる。
そして、詳しく様子を伺うためか彼女たちの元に向かって歩み寄ろうとした。
だが、それはかなわない。
「――貴様ら、動くな」
私が二人を制止させたからだ。
声を低く落とし、はっきりとした敵意を向ける。
私の予想通り、二人は私の敵意に反応して足を止め、こちらを驚いた表情で見つめてくる。
「レイン・メアリクス……? 一体何を――」
「黙れ。もう一度言うぞ。この場から一歩も動くな」
私は有無を言わせない口調で、告げる。
「いいか、貴様ら。次はないと思え」
「い、いや、しかしよ、坊主。もう少し近寄らねえと嬢ちゃんたちが何でああなっているのか分からんぞ?」
ケルヴィンが抗議の声を上げた。
すかさず私は、彼を封じ込める一手を打つ。
「――おい、ドロシア。聞こえているだろう? 次、そこの元祖誘拐犯が動いたら即刻首を掻き切れ。責任なら、この俺が幾らでも取る。俺に脅されたと擦りつけてもいい。好きなだけフォローに回ってやる。――とにかく構わん、やれ」
「――了解しました」
どこからともなく現れた彼女が嬉しそうな表情で、ケルヴィンの首元にナイフを突きつけるのだった。
おそらく合法的に不穏分子を処分出来ると、喜んでいるのだろう。
最初の難しそうな顔が嘘のようなニコニコ具合だった。
ケルヴィンの耳元で、「どうした? 動かないのか? ほら、一歩足を踏み出すだけでいいんだ。やってごらん……?」と囁き始める。
……やばいな、この人。危なすぎる。
彼女の様子を見て、内心絶句する。
正直このような手段は取りたくなかった。
だが、今回ばかりは彼女にも手を貸してもらわなければならない。
絶対、何があろうと目の前の二人の邪魔をさせるつもりはなかった。
たとえ、誰であろうともだ。等しく例外はない。
もし仮にそんな不届き者がいたならば、私がその首を一刀の元に切り落としてやる。
「坊主……」
首筋にナイフを当てられたケルヴィンは、私を見つめながらも、ぐっと言葉を呑み込んで押し黙るしかない。
私は、見下すような冷ややかな視線を相手に浴びせる。
「詳しく知る必要があるだと? はっ、貴様ごときが知る必要はない。ただ心配がしたいなら、今の自分の身を案じていろ」
これでケルヴィンは完全に身動きが取れなくなった。
後は――
「分かっているな? たとえ貴様でも容赦はしない」
私はヘリアン王子に語りかける。
「ああ、君が本気だと言うことは理解した。だから、一つだけ聞きたい。――君は、サフィーアたちが何を話しているのか分かっているのか……?」
その言葉に対して、私は頷いた。
これでも、それなりに読唇術を習得している身だ。
この後に及んで隠すつもりはない。
私は、彼女たちの会話を全て聞いていた。
――だからこそ、誰であろうと邪魔されるわけにはいかないと思ったのだ。
これは、あくまで彼女たちだけの話に過ぎない。
そうあるべきなのだ。
決して、私たちのような外野が口を出していいことではない。これはそのためのお膳立てである。
「余計なことは考えるな。二人の話が終わるまで、待っていろ。それ以上は望まない。――彼女の兄なら、ただ信じてやれ」
「……分かった。君の言う通りにしよう」
ヘリアン王子は、ごねることなく大人しく引き下がってくれた。
……ありがとう、ヘリアン王子。
最悪、彼に対して剣を向けることになるかもしれないところだった。
今抱く私の覚悟は、それほどのものだ。
正直、そうなれば逆賊として捕らえられても文句は言えない。
そうならずに済んで、内心安堵する。
幸い、騎士団は動いていない。
多分キースたちには、こちらの会話が届いていない。
それに、ドロシアに関しては、おそらくケルヴィンが何かしらのアクションを取ったために、一時的に姿を現しただけだと思われているはずだ。
しばらくすると、また監視に戻ると思っているだろう。
つまり、これで彼女たちの会話を邪魔する者はいない。
心おきなく、互いに言葉を交わして欲しい。
そう願う。
私はサフィーア王女と正対する弟の顔を見つめる。
頑張れ、と心の中で呟いたのだった。




