三者三様
サフィーアは、大いに慌てることになる。
何故なら、目の前の少年二人が突如言い争いを始めたからである。
彼らがいるからこそ、この場は安心だと思っていた。だが、違った。
それはサフィーアの思い違いに過ぎなかった。
――この場において、彼らこそが一番の問題児であったのだ。
「妹への挨拶をやり直してくれ、レイン・メアリクス。もっとにこやかな表情で、愛嬌のある感じがいいだろう。フレンドリー過ぎるのも考えものだとは思うが、君の場合はあまりにも素っ気がなさ過ぎるぞ。先程の君の挨拶は、サフィーアへの挨拶としては相応しくない。僕の言う通りにするんだ。さあ、柔和な笑みを浮かべて趣味と好きな食べ物を言うんだ! レイン・メアリクス!!」
真剣な様子のヘリアンからの言葉に対して、レインは鼻で笑うような表情で言い返す。
「はっ、黙れカミキリムシ風情が。人の姉に色目を使うよりはマシだ」
「い、色っ――」
突然のレインの反撃に、ヘリアンはうろたえ始める。
そして、相手と目が合ってしまったのか正面に座るカティアに向かって勢いよく弁明をし始めた。
「ち、違う! 誤解だ、カティ……レイン・メアリクスの姉君! 僕は、ただ普通に挨拶をしようと思っただけで。どうか信じて欲しい、カティ……レイン・メアリクスの姉君! ――ええい、くそっ、長いなっ!!」
納得がいかないとヘリアンは声を上げる。
……バンバンとテーブルを叩きながら。
「そもそも、彼女の名前を呼んで欲しくないのは君だけだろう、レイン・メアリクス。彼女の意思はどうなんだ? お互いの認識はちゃんと共有出来ているのか?」
「当然だろうが。貴様こそ、サフィーア殿下と意見が一致しているのか? どう考えても貴様の私情が十割に見えるぞ?」
ヘリアンからの問いに対して、問いをぶつけるレイン。
段々と売り言葉に買い言葉の状態となっていく。
もちろん、お互いにテーブルをバンバン叩いているため、なかなかの騒音である。
――これでは、彼女が気を休めることが出来ない。
思わず憂虞するサフィーア。
そんなことは露知らずに目の前の二人はヒートアップしていく。
「なっ、『サフィーア殿下』だと!? レイン・メアリクス、君、今そう言ったのか!? 僕に、彼女を名前で呼ぶなと言っておきながら、なんてやつだ……! 性格が悪過ぎる」
「ふん、言いたいことはそれだけか?」
ヘリアンの言葉に対して、歯牙にも掛けない様子のレイン。
そして、ヘリアンが不満げに口を開く。
「いや、まだある。今思い出したが、そういえば君、僕のことを名前で呼んだことがほとんど無かったな。時々たとえがアザラシとかペンギンとかポメラニアンとかのように可愛くなる時があるが、それでもいつも動物か虫扱いだ。いい加減、名前で呼んでくれないか。僕にはヘリアン・ウェン・ロドウェールという名前があるんだ。知っているだろう?」
「ふん、最初はちゃんと呼んだだろう」
「本当に最初だけじゃないか!」
――バン!!!!
テーブルが今日で一番激しく叩かれる。
そしてすぐにその後、ヘリアンは「決闘だ」と至極真面目な態度でレインに対して告げるのだった。
「レイン・メアリクス、僕は君に決闘を申し込む。昨日の今日だが、もちろん受けないとは言わせないぞ。僕が勝てば、いい加減名前で呼んでもらおうか。それと、サフィーアに対しての爽やかな挨拶も忘れるな」
「ふん、いいだろう。貴様こそ覚悟するがいい」
レインが立ち上がって、ヘリアンとお互いに視線をぶつけ合う。
もはや一触即発の空気だった。
収拾がつかなくなりそうになり、サフィーアは慌てふためくことになる。
彼らを止めなければ。
だが、自分一人では冷静さを失った彼らを止めるのは至難だ。
協力を仰ぐため、サフィーアは隣に座るやや呆れた様子のカティアに声をかける。
「か、カティアさん、協力してください。早くお兄様とレインさんの喧嘩を止めないと……」
そう言葉を口にした時だった。
カティアが、ぴくりと反応する。
「『レインさん』……?』
「えっ」
――バァン!
ここに来て、テーブルを叩く手が一つ追加される。
全くの予想外のことに、それは隣に座るカティアのものであった。
それを見て、サフィーアは「えぇ……」と絶句する。
呆然としていると、彼女がこちらをじろりと睨みつけてきた。
「その名前を易々と口にしないでちょうだい」
「……」
「ねえ、返事は?」
「……はい」
カティアさん、あなたもですか……と思いながら彼女の言葉に、サフィーアは粛々と頷く。
隣に座る冷静沈着だと思っていた彼女からのまさかの裏切りに遭い、サフィーアはどうしようもなくなってしまう。
そして、彼女は一旦思考を放棄することにしたのだった。
とにかく何かもう、自分以外の全員が面倒くさいのだ。
下手に触れれば、こちらに矛先が向いて不要なダメージを負うことになりかねない。
とりあえず皆が落ち着くまで、一人でランチを楽しむことにしよう。
そう、サフィーアは投げやりに思うのだった。




