揺れるテーブル
私は、思わずテーブルを叩いていた。
別に、ヘリアン王子が弟に挨拶をするのは構わない。
けれど、私の前で私の名前を親しげに呼ぶのはやめて欲しかったのだ。
彼の私に対しての呼び名は、いつも「レイン・メアリクス」とフルネームである。
ゆえに、いきなり「カティア君」と呼ばれるとびくりと、驚いてしまう。
だから、いつの間にか私は椅子から立ち上がり、ヘリアン王子を睨みつけていた。
それに対して、ヘリアン王子は困ったような顔をする。
「しかし、レイン・メアリクス。君とはもう半年以上の付き合いだ。だから、そんな君の、姉君に対して余所余所しく接するのもどうかと思うのだが……」
「姉は、姉だろう。そんなことは関係ない」
「! 確かにそうだな……。先ほどは不躾な態度ですまなかった、カティア嬢――」
――バン! バンバン!!
私は、再度テーブルを叩く。グーはちょっと痛かったので、今回はパーである。
そして、抗議の意味も込めて先程より多めの回数を叩いたのだった。
「い、今のは何がいけなかったんだ……」
「問題大有りだ、このクロオオアリ風情が。貴様は俺をフルネームで呼ぶだろう。なら、俺より親しいわけではない姉上に対しては名前を呼ぶべきではない。そうだろう?」
「いや、その考え方はさすがに無茶苦茶過ぎるだろう……。それに、そもそもの話、僕がフルネームで呼ぶのは君くらい――」
「黙れ。とにかく人の姉の名前を気安く呼ぶな。分かったな?」
私が威圧的な態度に出ると、ヘリアン王子は渋々ながら「君がそういうのなら……」と頷いてくれるのだった。
良かった。私なら絶対よく分からないと思うけれど、彼は分かってくれた。ヘリアン王子はやはり良い人だ。
そして、無茶苦茶なことを言ってごめんなさい……。
心の中でいつものように謝ることになる。
「これからはレイン・メアリクスの姉君と呼べ」
「え、えぇ……長いな。いや、了解した。だから、そんなに睨まないでくれ」
そんなことを言われても、こちらとしても仕方ないのである。
彼に名前を呼ばれて何かゾワリとしたのだ。
何だろう、むず痒いというか。くすぐったいというか。
親や従者のような身内ならば、全然平気なのだが、こうも身近な他人から自分の名前を呼ばれることに対して強く違和感を覚えるとは思わなかった。
――嫌というわけではないのだが、とにかくやめて欲しい。
今の私の気持ちはそれだけである。
一通り気が済んだ私は、姿勢を正して椅子に座り直す。
するとヘリアン王子が「そういえば」とまた声を上げるのだった。
「レイン・メアリクス、君は確かサフィーアと初対面じゃなかったか?」
あ、確かにそうだ。
しまった、忘れていた。
すぐに挨拶しないと。
そしてすかさず私は「はじめまして、サフィーア殿下。レイン・メアリクスです、よろしくお願いします」と声を発しようとする。
けれど、私の口から出てきた言葉は、それとは程遠かった。
「レイン・メアリクスだ。言いたいことは無い。以上だ」
あ、やばい、呪いが発動してしまった。
どうしよう。今回は比較的、軽めではあるけれど。
素っ気無い態度になってしまいごめんなさい、サフィーア王女――そう思うけれど、しかし、これはまずい状況である。
何しろ私の隣には、あの妹想いのヘリアン王子がいるのだから。
焦る私の隣で、バン!! とテーブルが勢いよく叩かれる。
「レイン・メアリクス!? 僕の妹に対して挨拶が素っ気無さ過ぎるだろう! もっと紳士的にウィットに富んだ挨拶をしてくれないか!!」
今度はヘリアン王子が席から立ち上がる番だった。




