その3(全3回) シン帝国の奇策を前にして連邦は計算外の結果をむかえる
異世界での話になるが、かつて古代の墓地から『孫臏兵法』が掘り出されたとき、一緒に『孫子』も発見された。
これを「竹簡本『孫子』」と言う。その『孫子』は、それまでの『孫子』と比べて一部の内容が異なっていた。
その「軍争」篇には、こうある。
「益を以って直と為し、患を以って迂となす」
有利そうなら直行し、不利そうなら迂回する。そんな意味だ。
実際でも、そうだ。正面が強いなら、迂回して背後にまわりこんで攻める。そうすれば意外に攻略しやすかったりすることがある。
たとえば、ミン族の故地での話らしいが、かつてモンゴルという国のオゴタイ皇帝は、ソン国を攻略するため、大軍を率いて南下していく。
しかし、ソン国は、北からの攻撃に備え、北の国境沿いに強力な防衛ラインを構築していた。そのせいでオゴタイ皇帝の南下は失敗する。
そこでオゴタイの後を継いだモンケ皇帝は、西を大きく迂回してソン国の南にある国を攻略し、そこからソン国を攻める作戦をとった。
ソン国は、さも当然のように、こう考えている。
「モンゴル国は北にある。だからモンゴル軍は北から攻めてくる」
まさか南から攻めてくるとは思っていない。だから、南には大した防衛ラインがなかった。
「従って迂回して、南からソン国を攻めれば、攻略しやすくなるはずだ」
モンケ皇帝は、そう考えたのだった。
この作戦は、悪戦苦闘することもあったが、うまくいっているように見えた。しかし、モンケ皇帝の病死によって途中で中止になる。
ただし、この作戦を指揮したクビライは、モンケ皇帝の死後、その後を継いで皇帝となり、ソン国の攻略に成功した。
また、これはミン族も知らない話だが、第1次世界大戦のあとフランスは、ドイツの侵略を防ぐため、ドイツとの国境線に「マジノ線」と呼ばれる長大な要塞――防衛ラインを構築した。
しかし、ドイツ軍は、フランスを攻めるにあたり、中立国のベルギーから迂回してフランスに攻めこんだ。
その結果、せっかくの「マジノ線」も防衛の役に立たずに終わる。
今回、シン帝国がとった作戦も、こうした迂回作戦だった。
エイハイ基地は正面――海側から攻めると難攻不落なので、勝ち目が少ない。だから、南北からエイハイ基地の背後――陸側にまわりこんで攻める。
陸側の守りは手薄なので、そちらから攻めればエイハイ基地を攻略しやすくなる。
だからクリーは、エイハイ基地を攻めるにあたり、陸側から攻めるように提案したわけだ。その際、こんなアドバイスもしていた。
「今回の作戦では“暗渡陳倉”の教えにならい、南の上陸部隊を陽動部隊として、連邦の注意を引きつける。そのスキに北から奇襲する――」
ここまでは、これまで見てきたとおりだ。しかし、続きがある。
「――でも実際には、陽動部隊も実働部隊になってもらう」
「つまり、南北からエイハイ基地を攻撃するということかい?」
フミト元帥は、ちょっと目を丸くする。
「まて。ただでさえ兵力が乏しいというのに、二正面作戦を展開するというのか?」
総司令官は、なかばあきれたようすで言った。
「それは、あまりにも無謀にすぎますぞ」
ヤマキ中将も面食らっているように見える。
二正面作戦は、よほど兵力に余裕があるのでない限り、やるべきではないと言われている。これは常識だ。そして、シン帝国には、余力がない。
「はい。無謀だと思う――」
クリーは、あっさり言う。
「――無謀だからこそ、連邦も予想できないと思う。だから、二正面作戦は奇策として有効になる」
そう言えば、あとで紹介することになるが、『孫臏兵法』にも、こんな教えがあった。
奇策が発動されて、相手が対応できなければ、勝てる。
クリーが知っているかどうか分からないが、『孫子』にも言われている。
「迂を以って直と為し、患を以って利となす」
急がば回れ。禍を転じて福と為す。そんな意味だ。「軍争」篇にある。
「つまり、あえて不利なことをすることによって、かえって有利にするということだね? それが敵の思いもよらない作戦、つまり奇策になると?」
フミト元帥が確認すると、クリーはコクリとうなずいた。
ただし、敵前上陸は危険だ。輸送船団は、ひとまず陽動部隊となっている以上、連邦から注目される。だから、奇襲的に上陸することはできない。連邦がまちかまえているところに上陸していくことになる。
「死ぬために行くようなものだ」
その場にいた全員に共通した意見だ。
このように危険な任務を任せられる人物は、恐れ知らずの猛将しかいない。しかも、実戦経験のある人物であることが必要だ。
そんな猛将と言えば、シン帝国にはヤマキ中将がいる。しかし、ヤマキ中将には今回、北部で連邦を牽制してもらうという役割がある。
「帝国には、まだまだ人材が不足しているね」
フミト元帥は苦笑いしながら言うと、一転してキリッとした顔つきになる。
「だったら、わたしが上陸作戦の指揮をとろう」
もちろん、総司令官とヤマキ中将が猛反対したので、フミト元帥の意見は採用されなかった。なら、どうする?
もっとも、クリーには、あてがあった。フワ辺境伯だ。
なお、フワ辺境伯は今、その領地をシン帝国に返上し、ただの貴族として帝都で暮らしている。だから、その肩書は「辺境伯」から「侯爵」になっていた。
「フワ侯爵は、あの四面楚歌で孤立無援な状況のなかでも、勇猛果敢に孤軍奮闘した。だから、今回のような危険な任務でも、最善を尽くしてくれると思う」
「たしかにそうかもしれないが、だがこの前まで敵だった人物だ。信頼して全軍をあずけてもよいものだろうか?」
総司令官は、どこまでも現実的だ。
「そういう心配もありますが、フワ侯爵は殿下に対して厚い忠誠心を示しております。その点を考えれば、自分としては信頼できると思っております」
ヤマキ中将は進言した。
「そうだね。“昨日の敵は今日の友”とも言うしね――」
フミト元帥は笑顔で言う。言葉の意味をとりちがえているフシもあるが、まあ、気にしないでおこう。
「――わたしとしてはフワ侯爵が快諾してくれるなら、任せたいと思う」
さっそくフワ侯爵に打診がいく。
フワ侯爵は、すぐさま司令部に参上してきた。
その姿を見て、男性陣は思わず息をのむ。ついつい見とれてしまう。
「キレイ……」
クリーが珍しく感情を口にするほど、フワ侯爵は絶世の美女ぶりを是見よがしに見せつけていた。
これまでの軍装でもなく、男装でもない。美麗なドレスをみにまとっている。まるでチャイナドレスのようなデザインで、赤を基調として鮮やかな刺繍も入っている。
アオザイのようにも見えるが、南部の伝統的なドレスらしい。スタイルのよい体つきを見せつけるように、肉体にぴったりフィットしている。その豊満な胸を大胆にアピールしているが、その腰はうってかわってほっそりとくびれている。
そのまま視線を下げ、太ももあたりに目をやれば、そこから足もとにかけて脇に切れ目が走っている。足を動かすたびに、その下に隠された美脚がチラリと姿をあらわす。
足もとはヒールのついた靴をはいている。ただでさえ長い足がさらに長く見える。
こうしたフワ侯爵のファッションは、まさに妖艶と言うべきか。世間知らずの帝都の青年貴族なら、あっけなく魅了されてしまうだろう。
「軍師殿には、おほめの言葉をいただき、ありがとうございます」
フワ侯爵は、クリーの言葉を聞き逃さずに笑顔で謝辞を述べ、片手を腰にあて、さりげなく腰をひねりながらフミト元帥のほうに視線をうつす。セクシーアピールをしているつもりらしい。
大人の色気をかもしだしているが、その表情はまだ幼い少女のようにはにかんでいる。なぜか恥ずかしそうで、やや頬も赤らんでいる。
それに対するフミト元帥の第一声は、フワ侯爵の期待したものとは違っていた。
「侯爵には、1つ頼みたいことがあるのだ――」
フミト元帥は、そう前置きしたうえで、今回の作戦について説明した。
「――とういわけで、侯爵には上陸部隊の指揮を任せたいと考えているが、どうだろうか?」
しばしの沈黙。
「……それだけ、でしょうか?」
フワ侯爵がちょっと物足りなさそうに問いかけた。
「ああ、それだけだ」
フミト元帥は笑顔で応えた。
フワ侯爵の表情が少し曇る。
(殿方というものは、その会話において要件ばかりを優先すると申しますが、お世辞でもよいので相手を見て美辞麗句を並べるくらいの社交性は身につけていただきたいものですわね。まったくもって……)
「ふぅ……」
フワ侯爵は思わずため息が出た。
「もちろん難しければ、断ってくれてかまわないぞ」
フミト元帥は気づかうように言う。
(気づかうところが違いますけれど……まあ、よろしいでしょう。今回のところは、殿下の息をのむようなお顔を拝見できただけでよしとしてさしあげますわ)
フワ侯爵は気をとりなおして最上級の笑顔を見せ、礼儀正しくお辞儀しながらて言う。
「殿下のためとあらば、たとえ火のなか、水のなかでありますわ。このフワでよろしければ、殿下のために身命を賭し、喜び勇んで上陸作戦を貫徹いたします」
即答だった。ただ「殿下のため」を強調しているように聞こえたのは、おそらく気のせいだろう。
「ありがとう。心から感謝する」
フミト元帥は、そっと頭を下げた。
ただしフミト元帥も、ただ部下を危険なところにそのまま行かせるつもりはない。なんらかの対策を立てるつもりでいた。
その期待に応えるかのように、クリーは上陸作戦を容易にするための奇策をいくつか用意していた。それが毒葯烟球であり、木鵲だった。
ところで、ふつう滑空機を飛ばすときは、人力や自動車などで引っぱって加速させ、その翼に風をうけさせて機体を浮かびあがらせる。
しかし、今回は上陸作戦だ。陸は敵地だ。上陸部隊は海上にいるので、海から飛ばす必要がある。地上を滑走させることができない。では、どうするか?
「ワンフーは、そのアイデアはよかったけど、やり方がまずかったと思うのよね」
ハナ皇姫(当時)の言葉だ。
ハナ皇姫は、孔明灯を知って以来、ミン族に伝わる飛行技術に興味をもっていた。だから折に触れ、クリーやアルキンから、いろいろと情報を仕入れている。
そのなかにワンフーの話があった。
ワンフーは、火薬ロケットで空を飛ぼうと考えた。イスにたくさんの火薬ロケットをとりつけ、両手に翼がわりの大きな団扇をもち、それで飛ぼうとした。
もちろん、それで飛べるわけがない。ワンフーは火薬ロケットで吹き飛ばされ、死んでしまう。失敗だった。
「それでも、火薬ロケットの勢いで飛ぶことはできると思うわ」
ハナ皇姫(当時)は、ワンフーの話にヒントを得て、射出機を考案した。
射出機本体は、まるで梯子車の梯子のような見た目をしていた。長さは15メートルほどある。
梯子の中心には、ちょうど雨樋のような溝がまっすぐ走っていた。その溝の上に大きな火薬ロケットが載せられる。
火薬ロケットの上には木鵲を載せ、固定する。それから射出機本体を斜め上に傾け、火薬ロケットに点火する。
すると木鵲は次第に加速しながら、火薬ロケットと一緒に大空へと舞い上がっていく。火薬ロケットの噴射が終われば、切り離し、あとは風に乗って飛んでいく。
ちなみに、この方式だと、大砲のように火薬の爆発力で射出するカタパルトと違って、操縦士にかかる重圧もゆっくりかかるようになる。だから、人体に対する負担も少なくて済む。ある意味、人にやさしい射出機だった。
今回、シン帝国は、この射出機を護衛艦の両舷にとりつけ、海上から木鵲を飛ばした。
護衛艦1隻あたり、左右に2機ずつの木鵲を搭載する。合計で4機だ。護衛艦は全部で10隻だったので、木鵲は全部で40機となる。
その40機が、水際陣地に殺到して爆撃し、そのまま空中戦艦に襲いかかっていった。
その後、木鵲は、胴体の両横にとりつけられた火薬ロケットに点火し、増速して上昇していく。そこから「剛風」に乗り、空気の塊の上をすべるようにして東に向かった。
連邦側には着陸できる場所がないので、いったんシン帝国(西部)まで飛んでいくしかない。時速100キロをこえる高速で飛んでいくが、それでも6~8時間くらいはかかる計算だ。
こんなに飛び続けると、さすがに操縦士も疲れてくる。しかし、それでもがんばるしかない。戦争とは、『孫子』に言われるまでもなく、大変なものだ。
ともあれ今回の戦いには、ミン族に伝わる奇想天外な軍事技術がいろいろと供与されていた。
――熱気球、少林拳法、木鵲、毒葯烟球、火箭、水陸両用車、摺疊橋、射出機などなど。
ミン族がシン帝国を全面的にバックアップしていると言ってもいいくらいだ。
おかげでシン帝国は、次から次に奇策をくり出すことができ、だれもが予想できないような作戦を展開できた。
◆ ◆ ◆
フワ辺境伯の率いる上陸部隊は、輸送船1隻あたり100名ずつとなって分乗しており、総数で2000名となる。
正面の水際陣地を突破すると、そのまま左右に展開し、その他の水際陣地を背後から奇襲する。これもまた、ちょっとした迂回作戦だ。
水際陣地は、当然のことながら、正面からの攻撃には強いが、背後からの攻撃には弱い。だから、たやすく陥落していく。
各所で白旗があがって、あっけなく上陸作戦は終わった。いくつかある砦のうち、最高峰にある砦には、シン帝国の青い旗が鮮やかにひるがえる。
それから数時間後、捕虜たちは武装解除のうえ、砂浜に近い広場に集められた。
その目の前にある壇上に軍装の麗人が立つ。おだやかな笑みをたたえており、やさしそうに見えるが、その目つきには芯の強さが感じられる。フワ侯爵だ。
その姿を見た捕虜たちは、フワ侯爵のあまりもの美しさに思わず見惚れ、知らず言葉を失ってしまう。さっきまでガヤガヤ、ザワザワしていた広場も、さぁっと潮が引くように静まりかえっていく。
フワ侯爵の隣には、中肉中背の中年男性が立っていた。民本党エイハイ支部長をしているシエ書記長だ。
「同志諸君!」
シエ書記長は、全体を見渡しながら、見かけによらない図太い声で告げる。マイクの前に立っているので、その声は拡声器をとおして広く響きわたる。
「――党員の諸君には、すでに本部から連絡がまわっていると思うが、われら民本党は、自由で平等で友愛に満ちた社会を実現するため、シン帝国と共闘にすることになった!」
シエ書記長は、一呼吸おいて再び全体を見渡す。
「革命党のヤオと、その裏で糸を引く資本家の圧政から、わが祖国を解放するための闘争を今ここから開始する!」
連邦兵の多くは、民本党の隠れ党員だ。だから、目の前にいる捕虜のほとんどが知っているので、特段の動揺も見られない。全体がおとなしく聞いている。
「わたくしは、シン帝国・連邦遠征軍・上陸部隊の指揮官を務めるフワと申します」
フワ侯爵は、シエ書記長に引き続いてマイクの前に立ち、全体に笑顔を向けながら、やさしく語りかける。しかし力強いので、重みも感じさせる。
「現在、不幸にも、連邦と帝国は、戦争状態にあります。事の発端は、北部での戦いにあると言えるでしょう。その戦いのことを思い起こしてみてください」
フワ侯爵は、みなにイメージする時間を与えるかのように、いったん言葉を止めた。全体を確認するように見渡してから、言葉をつなぐ。
「みなさまもご存知とは思いますが、わたくしども帝国は、捕虜を束縛いたしませんでした。すべての捕虜に自由を与えました」
ひと呼吸――。
「それは将校であれ、兵士であれ同じでした。そこに差別はありません。だれもが平等に遇されました。わたくしどもは、みなさまと同じく自由と平等を重んじるのです」
世の風潮は、いまだ男尊女卑の傾向が強い。連邦でも政治をになうのは男性ばかりであり、女性が表に出ることがない。
もちろん戦争に出るのも、男ばかりだ。女は家庭や地域に残り、銃後を守る。
ところが、シン帝国では、女性が遠征軍の司令官となっている。
(連邦に先んじて男女平等が実現している?)
(これって連邦よりもシン帝国のほうが本当に平等だっていう証拠じゃないか?)
目の前にいる捕虜たちは思う。だから、フワ侯爵の発言に納得する。
しかも、軍服をまとっているとはいえ、語りかけているのは絶世の美女だ。だから、男性陣に対する説得力も強い。
心理学によると、美男や美女が言うのと、そうでない人が言うのとでは、説得力に違いが出るらしい。
だから、捕虜たちは、すなおにフワ侯爵の話を聞いていた。
「もちろん、それだけではありません。国が違うとはいえ、連邦人も、帝国人も、お互いに人であることには変わりがありません。わたくしども帝国は人の命を重んじます。ですから、友愛の情をもって捕虜を遇したのです」
ひと呼吸、そして、やさしい目で1人ひとりを見つめるように、ゆっくりと視線を左右に動かす。
「貴国は、自由と平等と友愛とを大切にするとうかがいました。それは、わたくしども帝国のありようと価値観を同じくするものであります。ですから、本来なら、わたくしたちは仲良くできるはずです――」
ここで一転して、フワ侯爵は悲しそうな表情をする。その憂いに満ちた表情も、それはそれで魅力的だった。
捕虜たちは思わずドキンとしてしまう。
「――それなのに今、革命党のヤオが連邦を牛耳り、その裏で資本家が糸を引き、人民を苦しめています。そのせいで連邦と帝国の間もギクシャクしております。これは悲しいことではないでしょうか」
フワ侯爵は物憂げに空を見上げた。天に祈りをささげているかのようにも見える。
ひと呼吸おいて、おもむろに視線をおろすと、全体を見渡す。その表情は、悲壮感に満ちながらも力強いものだった。まるでツンデレ女子のように、キッと全体をにらんでいるようにも見える。
これもまた男性陣の心をわしづかみにしてしまう。
「わたくしたちは今こそ手を組み、自由で平等で友愛に満ちた世界を実現するため、ともに戦おうではありませんか!」
フワ侯爵は語り終えると、1人ひとりに目をあわせるかのように全体をゆっくりと見渡した。
捕虜たちは、すっかり魅了され、うっとりとしているように見える。それだけではない。
(シン帝国の戦力は、想像を絶する。その強さは、ハンパない)
だれもが木鵲に襲われ、毒葯烟球のせいで意識を失ったことから、思い知らされた。しかも、資本家や革命党に対する反発も潜在的にもっている。
だから、民本党がシン帝国の力を利用して再び革命を起こすと言うのであれば、勝利はまちがいないだろうし、日頃の鬱憤を晴らすチャンスでもある。喜んで共に闘おうとと思う。
どこからともなく拍手が始まり、あっという間に広がっていく。捕虜たちの全員が決起に同意したということだ。
満場の拍手のなか、フワ侯爵は笑顔で手をふって応じた。
その翌日のことだった。
「シン帝国軍は、これほどの兵力を上陸させたのか?」
エイハイ基地の指令室では、司令官が青い顔をしていた。その窓からは、エイハイ基地の陸側に広がる平原が見える。
そこは今、色鮮やかな青い旗が埋め尽くしていた。シン帝国の軍旗だ。まるで草原にいきなり大きな湖があらわれたかのようにも見える。
右をみても青いし、左を見ても青い。どこを見ても青い軍旗だらけだ。その数からして、少なくとも数十万人の規模はあるだろうか。
ただ前面に布陣しているのは、たしかにシン帝国軍――フワ侯爵の上陸部隊だったが、その背後にいる数万の軍勢は、投降した捕虜たちであり、エイハイ市民だった。
エイハイ市民は総勢1万人くらいだが、すべて民本党の「動員」によるものだった。古今東西を問わず、革命主義者――左翼の動員力はすさまじい。お金で人を雇ってでも多くの人数をかき集めてくる。
というわけで、エイハイ基地の目の前にいる大軍は、ほとんどが疑兵だった。戦闘力は、ほとんどない。
もしエイハイ基地から突撃をしかけられたなら、パニックになり、「大軍」も雲散霧消してしまうことだろう。
だが、エイハイ基地にたてこもる司令官も、幹部たちも実情を知らない。だから、ただ狼狽するしかできなかった。
なにしろシン帝国の奇襲部隊はけた違いに強かったし、上陸部隊は想定外の攻撃をしかけてきた。とにかく常識では考えられないことばかりが起きていた。
とにかく、まともでない攻撃を受けたせいで、まともに判断できなくなっていた。だから、ろくに確認もしないで、目の前にシン帝国の大軍がいるとあっさりと思いこんだ。
それは兵士たちも同じだった。
「あの大軍……ヤバくね?」
「しかも鬼みたいに強いんだろ?」
「毒ガスも使うって言うしな」
「勝てっこないじゃん」
兵士たちは、すっかり戦意をなくしていた。
そのうえシン帝国軍からは、拡声器をつうじて投降勧告がなされる。
『シン帝国は、民本党の革命を支援しているにすぎない。侵略の意図はない。おとなしく基地をあけわたすなら、無事を約束する』
さらに民本党のシエ書記長も呼びかける。
『同志諸君! 今こそ革命のときだ! 資本家を倒し、われら人民のための政治を実現するのだ!』
こうなると兵士たちも心を動かされてしまう。
このまま基地にたてこもって戦っても、勝ち目はない。死ぬのは確実だ。
だが、ここで反乱を起こし、革命も成功すれば、生き残れるし、今度こそ自由で平等で友愛に満ちた社会で暮らせるチャンスを手に入れられる。
もちろん失敗すれば殺されるだろう。しかし、どのみち死ぬのなら、明るい未来のために命をかけたほうが得策ではないか?
ここまでくれば、あと一押しで兵士たちは一気に「反乱」に傾くだろう。
(機は熟した)
エイハイ基地にいた一部の兵士たち――民本党の隠れ党員たちは思う。
「今こそ革命のときだ!」
そんなことを叫びながら、反乱の口火を切った。兵士たちを扇動し、反乱に巻きこんでいく。
兵士たちは、雪崩を打つように反乱に加担していった。小銃を構え、そのまま基地の中枢を制圧にかかる。
その一部は司令室に襲いかかっていく。指令室はあっけなく制圧され、司令官たち基地の幹部は逮捕された。
それは、ちょうどロシア革命のとき、戦艦ポチョムキン号の水兵たちが反乱を起こし、艦長たち幹部を拘束し、戦艦を乗っ取ったのと同じだった。
まもなくエイハイ基地のあちこちに青い布が旗がわりに掲げられる。白旗をあげなかったのは、「われらは降伏するのではない。革命に参加するのだ」ということをアピールしたかったからだ。
『われらも真に自由で平等で友愛に満ちた国づくりのために闘う!』
エイハイ基地から出された声明だ。
かくしてエイハイ基地は陥落し、シン帝国の橋頭堡となった。
「まともに戦っても、このときのシン帝国には勝ち目がなかったからね」
フミト元帥は、のちに語っている。
「だから、まともじゃない戦い方をすることにしたんだけど、それが予想以上にうまくいったわけだ」
全文訳『孫臏兵法』雄牝城
城が低い沼地のなかにあって、周囲に高い山や大きな谷がなく、四方に小高い丘があるなら、それは雄城[強くてすぐれた城]ということであり、攻めてはいけません。
軍隊が澄んだ水を飲料水としているなら、それは生水[水に生かされている]ということであり、攻めてはいけません。
城の前方に大きな谷があり、後方に高い山があるなら、それは雄城ということであり、攻めてはいけません。
城内が高く、城外が低くなっているなら、それは雄城ということであり、攻めてはいけません。
城内に小高い丘があるなら、それは雄城ということであり、攻めてはいけません。
駐屯や野営するとき、周囲に堀の代わりになる大河がなくて、襲撃の危険にさらされて気がめいり、意欲が低下している場合、攻撃してもかまいません。
城の背後に大きな谷があり、左右に高い山がないなら、それは虚城[虚弱な城]ということであり、攻撃してもかまいません。
~ことごとく焼きはらわれているなら、それは死壌[土地に殺されている]ということであり、攻撃してもかまいません。
軍隊がよどんだ水を飲料水としているなら、それは死水[水に殺されている]ということであり、攻撃してもかまいません。
城が大きな沢のなかにあって、大きな谷と小高い丘をもたないなら、それは牝城[か弱い城]ということであり、攻撃してもかまいません。
城が高い山の間にあって、大きな谷と小高い丘をもたないなら、それは牝城ということであり、攻撃してもかまいません。
城の前方に高い山があり、背後に大きな谷があって、前方が高く、後方が低くなっているなら、それは牝城ということであり、攻撃してもかまいません。




