その1(全3回) 友軍どうしが密接に連携することで成功しやすくなる
「凡そ九奪は、敵を趨らす所以なり。」
(敵から有利な点を奪い取ることで、敵を敗走させられる。)
『孫臏兵法』「五度九奪」篇より
フワ侯爵は、ジエ書記長と馬を並べ、上陸部隊を率いてエイハイ基地に入った。その掲げる軍旗は、青地に赤丸というデザインだ。
青地の青はシン帝国のシンボルであり、赤丸の赤は連邦のシンボルだ。今回、シン帝国と民本党は同盟を組むにあたり、敵と味方の識別をやりやすくするため、共通の旗印を決めていた。それが青地赤丸の軍旗だった。
エイハイ基地に入った上陸部隊は、兵士たち――民本党員たちの熱烈な歓声に迎えられる。
「天を衝く勢いとは、このことの言うのでしょう」
フワ侯爵が感心したように言うと、ジエ書記長が応じた。
「はい。ついに資本家を倒し、真に革命を成功させることができるということで、だれもが士気にあふれているのでしょう」
「同盟を組む者として、心強く感じます」
群衆の先には、反乱の首謀者がいた。もちろん民本党員だ。
首謀者は、フワ侯爵の前にゆっくりと進み出て最敬礼すると、分厚い帳簿をうやうやしくささげた。表紙には『引継目録』とある。
これは、エイハイ基地を勝利者に引き渡すための儀式だった。
フワ侯爵は、馬に乗ったまま『引継目録』を受け取ると、やさしくほほ笑みながら語りかけた。
「大儀でありました。貴殿らは今、資本家の軛から自由になりました。今後は民本党の指揮下に入り、祖国のため革命に励んでください」
「はっ」
首謀者は深々と頭を下げると、そのまま下がっていく。すべては事前に打ち合わせたとおりなので、スムーズだった。
フワ侯爵は、ジエ書記長を伴い、そのままエイハイ基地の指令室に入る。そこには、すでにアルキンとレン隊長が到着していた。
4人は互いに挨拶をかわしてから打ち合わせに入る。
「さっそくですが、エイハイ基地周辺の連邦軍は、すべてレン隊長の指揮下に入るということでよろしいですな?」
ジエ書記長が確認する。
「もちろんです。今回の革命に賛同してくださる方々は、すべて味方であり、友軍です。ともに戦い、輝かしい勝利をつかみましょう」
フワ侯爵は笑顔で言った。言外に武装解除を求めないことを表している。
「ありがとうございます。あなたがた帝国と、わが民本党とが手を組めば、今回の革命も成功まちがいなしです。両国の末永い友好関係も実現するでしょう」
「わたくしどもの未来を明るいものとするためにも、ぜひ成功させねばなりませんわね。そのためにも、まずはエイハイ基地を前線基地として使えるようにする必要があります」
今回、エイハイ基地は、ほとんど無傷だった。民本党が主導した反乱のおかげで、攻城戦らしい攻城戦をしなくてすんだからだ。
ただし閉塞作戦のため、軍港が使えない状態にある。軍港が使えないと、補給物資をいったん民間の港に陸揚げしてから、改めてトラックや荷馬車に積むなどしてエイハイ基地まで輸送しないといけない。手間がかかって不便だ。
「軍港の出入口を塞ぐ沈没船の撤去については、すでに段取りがついております」
アルキンは少しも疲れを感じさせない重みのある声で言った。その隣では、アルキンの言葉に同意するようにレン隊長がうなずいている。
ミン族には水中引き上げ作業のノウハウも伝わっていた。それは、かつてペイソン国のホァイビン和尚が考案した方法だ。
昔、ホァン河という名の大きな河川に浮橋がかけられていた。浮橋というのは、河の上に等間隔でボートを並べ、ボートとボートの間に板を渡して橋にするというものだ。
ボートどうしは強い鉄の鎖で連結され、その鎖は両岸にある8つの鉄牛につなげられて固定されていた。
ところが、ある日、ホァン河が氾濫し、浮橋を押し流してしまう。このとき鉄牛もボートに引っ張られるようにして川底深くに沈んでしまった。
この浮橋は交通の要衝だったので、急いで修復する必要があった。しかし、鉄牛は大きくて重たい。かんたんには持ち上がらない。
「魔法でも使わないかぎり、川底から引き上げるのは難しいだろう」
だれもがあきらめていた。
しかし、ホァイビン和尚は、アイデアをもっていた。
まず2隻の大型船を用意して、大量の土を積みこませる。それから鉄牛の沈んでいるところまで行き、人を潜らせて鉄牛の下にワイヤーを通した。ワイヤーの両端は、それぞれ2隻の大型船につなぐ。
大型船の土を捨てると、大型船が軽くなって浮きあがるので、鉄牛もワイヤーに引っ張られるようにして川底からもちあげられることになる。
さらに別の2隻の大型船に土を満載し、もちあげられた鉄牛の下にワイヤーをとおして、それを大型船につなぐ。そのうえで土砂を捨てれば、鉄牛がさらにもちあがる。
これを何度もくりかえせば、鉄牛を水面の近くにまでもちあげることができる。そのうえで大型船を岸まで移動させればよい。浅瀬におろして、みんなで岸から引っぱれば、簡単に回収できる。
異世界では、これが史上初の浮力による引き揚げ作業だったと言われている。
アルキンは、このエピソードをレン隊長に話して、軍港の出入口に沈む軍艦の移動を依頼していた。
レン隊長は、さっそく工兵隊に命じて作業に当たらせる。連邦軍の輸送船を使い、ホァイビン和尚がしたようにして沈没した軍艦を手前から順番にもちあげていき、ドックまで曳航させていった。
引き上げられた軍艦は、そのまま改修作業に入る。
「あの娘の故郷には、いろいろな技術がありますのね」
フワ侯爵は、現場を視察したとき、一連の作業をながめながら感心したように独り言ちた。
(あの娘が知恵を貸してくれなければ、これからの遠征だって覚束なくなることになったでしょう)
連邦の領土は広大だ。
これから戦線が拡大していくことになるだろうが、そうなると友軍どうしの距離も離れてしまう。そうなれば連絡も取りにくくなるし、そのせいで連携も難しくなる。
チームワークが悪くなれば、どんなに大軍を擁していても、単なる「烏合の衆」になる。そうなると、あっさりと負けてしまう。
そう言えば、クリーは作戦会議のとき、こんなエピソードを話した。
ホウハン国でグーチョンが反乱を起こしたとき、皇帝のリウシウは現地にいたジューフーに対応を命じ、さらにトンロンを援軍に向かわせた。
ところがジューフー軍と、トンロン軍は、互いに離れたところに布陣する。
「これでは負けるぞ。急いで移動させろ」
状況を知ったリウパンはすぐさま命令を出すが、すでに手遅れだった。政府軍は、反乱軍に大敗してしまう。
これはミン族の故地に伝わる話らしい。
「となると、対策が必要になるね」
フミト元帥は苦笑いしながら言う。
もちろん離れたところと連絡を取りあう手段として無線もあるが、この時代の無線は出力が弱い。距離が遠くなると電波が届かなくなるので、連絡もつかなくなる。
それなら電信を使えばいい。そうすれば遠い場所とのすばやい連絡も可能だ。しかし、いちいち電信柱を立て、電信線を張りながら進軍するわけにはいかない。スムーズに動けなくなる。
それに第一、激戦となれば、電信線も切断されかねない。そうなれば連絡もつかなくなる。
あとは早馬や烽火などもあるが、これは通信速度が遅い。
「どうしたらよいと思う?」
「伝書鳩を使えばいいと思う」
クリーによると、これもミン族の故地に伝わる話だが、かつてナンソン国の名将チュイダンは、伝書鳩を使うことで、遠く離れたところにいる部隊でも、思いのままに動かせたそうだ。
こうした技術は、秦から漢の時代までには確立していたらしい。
異世界での話になるが、明治の日本は、わざわざ清国から伝書鳩を仕入れ、研究している。それほどすぐれた伝書鳩の技術が、ミン族の故地に伝わっていたわけだ。
ちなみに、このときチュイダンは、「移動箱」を使ったようだ。鳩は、巣箱の場所が変わっても、その場所を探して帰ってくる。
たとえば、伝書鳩を巣箱から連れ出したあと、巣箱をA地点に移動させればA地点に伝書鳩が帰ってくる。巣箱をB地点に置けばB地点まで飛んでくる。
さらに「往復箱」となれば、伝書鳩は巣箱Aと巣箱Bを往来するようになるので、互いに移動しながらの連絡も可能となる。
かなり高度な訓練を要するが、実際にあった技術だ。
先に熱気球が阻塞気球につかまり、墜落したときは、気球母艦に「移動箱」が設置してあった。だから、操縦士が放った伝書鳩は、無事に気球母艦まで飛んでいけたわけだ。
「こうした伝書鳩の技術は、わが一族にとって門外不出の軍事機密だけど、シン帝国からの依頼なら、族長も伝書鳩を貸してくれると思う」
実際、クリーの言うとおりだった。
フミト元帥がミン族のスン族長に依頼してみると、たやすく多くの伝書鳩と必要なだけの巣箱を貸し出してくれた。
「ただし、殿下におかれましては、この技術について詮索されませんことを希望いたします」
スン族長の「追伸」だ。
もちろんフミト元帥は、お人よしなので、言われたとおりにして詮索することはなかった。
かくしてシン帝国は、連邦の各地に密使を派遣するときは、必ず伝書鳩を携行させるようにする。このときは「往復箱」をもたせている。
密使は、各地で民本党の支部と連絡をとり、民本党との連携をはかることを任務としていた。全体の戦況に応じて、各地での闘争もやり方を変えていく必要がある。
だから、遠くからでもスムーズに本部と連絡をとりあえる伝書鳩は便利だった。
もちろん遠征軍の各部隊も伝書鳩を配備されている。だから、シン帝国の遠征軍では、どの部隊も互いに気脈を通じることができた。
「あの娘が手配してくれた伝書鳩のおかげで、わたくしども遠征軍は互いに遠く離れていても連携できます。みなが一体になって動けば、その強さは倍増するというものです」
フワ侯爵は見ず知らずの地に遠征にきているわけだが、その心に不安はなかった。
なお、このように互いに連携できている軍隊のことを、ミン族の故地では「節制の兵」と表現するらしい。




